ダマスカスで忘れられない思い出は、ローマの東方属州を研究していた私としてはどれも甲乙つけがたい遺跡や遺品はもちろんですが、古代から続くといわれる、金銀の細い糸をレースのように加工するフィリグランと呼ばれるアクセサリーを売る一角でどれを買おうかさんざん迷ったことや、市街地を歩いているときに寄り道して見せてもらった、けして華美ではないですが、きちんと手入れが行き届いた中庭や植物に彩られた美しい個人の住宅の風景です。
最も正統的なアラビア語を話し書くといわれるシリアには、そのころアラビア語を学び始めた私はいつか語学研修にも来たいと思っていたものでした。そして、歴史ある壮麗なたたずまいの中にも活気にあふれたダマスカスの中央市場で、タービン機械で魔法のように長く伸びるアイスクリームにピスタチオがびっしりとまぶされたものを食べさせてもらったことも、昨日のように思い出されます。
最近、パリのモンマルトル近くにレバノンのアイスクリーム屋さんができて、似たものを出していますが、あの薄暗いダマスカスの市場で、一日みっちりと働いた後でプロジェクトに関わってくれていたみんなと食べた味とは違うように思います。
国立博物館には素晴らしい美術品のコレクションも
そういえば市場の中にはとてもセクシーな下着ばかりを売っているお店があって、街行くシリア人の女性たちや、遺産関係の女性幹部たちはブルカを着ている方が多く、会議中でもお祈りの時間になると祈禱室に消えてしまっていたので、いったい誰が買うのだろうととてもびっくりしたことを覚えています。そのころから一緒に仕事をして、今はフランスに亡命しているシリア人の考古学者の友人が、みんな、ブルカの下はああいうのを着ているんだよ、と言ったことを思い出すと、本当かわかりませんが、今でも笑ってしまいます。
また、ダマスカス国立博物館には、シリア一帯がメソポタミア文明の時代から通商で栄えた都市を抱えていたことを証明する素晴らしい美術品のコレクションがあります。マリから出土した、ウルの王からの贈り物と思われる、アフガニスタン原産らしいラピスラズリと黄金で作られた神鳥アンズーのペンダントヘッドなどは、その筆頭でしょう。
(世界遺産条約専門官・林菜央)