ダマスカスの国立博物館のファサード(著者提供)
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 今年(2024年)7月に、新潟・佐渡金山が世界遺産に登録された。『日本人が知らない世界遺産』(朝日新書)では、ユネスコ(UNESCO)世界遺産委員会で働く日本人唯一の世界遺産条約専門官・林菜央氏が、自身の体験に基づくお薦めの世界遺産も紹介している。その中から、「ダマスカス」(シリア)を取り上げる。

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最も美しく、豊かな伝統が残る歴史的都市

 2011年から内戦が続き、訪れることも難しくなったシリア。2013年から危機遺産に登録された、ローマ時代の隊商都市として名高いパルミラ、アレッポなどぜんぶ紹介したいところですが、ここでは私がユネスコの仕事の中で訪れた古代から続く歴史的都市の中でも最も美しく、豊かな文化の伝統が今日まで残る街のひとつ、首都ダマスカスについてご紹介したいと思います。2011年を最後に、再訪できていませんが、一日も早く平和が戻ることをいつも祈っています。

 紀元前3千年紀ごろに都市として成立したとされるダマスカスは、世界で最も古くから人間の居住が続いている都市のひとつで、古代から、アフリカとアジア、東洋と西洋の交差点としての地理的重要性を持つ文化的、商業的中心地だったことが発掘から明らかです。中世には、都市の特定の区画が特別な工芸品の製造販売に特化され、工芸品産業の中心として、特に刀剣やレースを専門として繁栄しました。ヘレニズム、ローマ、ビザンチン、イスラムなど様々な文明に由来する100以上の建造物によって、都市の歴史の移り変わりを見ることができます。ウマイヤ朝時代にはその首都としてイスラム文明の中心地となりましたが、それ以前の特にローマとビザンチン時代の痕跡が多数残されています。今日まで残る都市のひな型はローマ属州時代の計画に基づいたものですが、ギリシア都市における方向設定を受け継ぎ、すべての通りが南北東西に走っています。

 最も古い建造物としてローマ時代のユピテル神殿、城門と城壁の部分の遺構があります。ローマの神殿、キリスト教のバシリカの上に建造されたウマイヤ朝時代の8世紀の大モスクは比類のない大建築ですが、これ以外には意外にもウマイヤ朝の名残は少ないといえます。都市遺産の大部分は、16世紀初頭のオスマン帝国の征服後にさかのぼります。

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