探求心旺盛で世界のイノベーション現場を回り続ける。今年はエストニア、フィンランドにも行った。イノベーションを促す教育システムを日本にも根付かせたい(写真/高野楓菜)

メガネを売ることではなく 常にイノベーションを

 前橋ではドイツのブランドコンサルタントを雇い、核となる言葉を探った。なぜドイツの会社かというと、「日本の地方はダメだ、という先入観を持っていなかった」からだ。彼らが抽出したのは「Where good things grow(よきものが成長する場)」という言葉だった。

 それを日本語の「めぶく。」と表現したのが糸井重里(75)だ。前橋出身の糸井は、故郷を離れてからは長い間、距離を置いていた。しかし、田中からの依頼を発端に「ちょっとお手伝い」をしているうちに、大がかりなブックフェスを発案、実行するまでに至った。

「この年でようやく前橋と和解することができました(笑)。田中さんがなぜまちづくりに夢中になるかというと、難しいからじゃないかと思います。それはJINSを経営するより難しいことかもしれない。でも、喜ぶ人がいっぱいいると、飽きないんです。前橋の人ってお調子者だから、誰かが楽しそうにやっていると、どんどん集まってくるんですよね」

 起業家仲間でもあるメルカリ会長の小泉文明(43)は、同社の子会社、鹿島アントラーズ・エフ・シーの経営を通じて、ホームタウンの茨城県鹿嶋市でスポーツを核にしたまちづくり事業に取り組む。その小泉に田中への評価を求めたら、開口一番「クレイジー!」と、起業家にとって最大級の褒め言葉が返ってきた。

「傾いた旅館を発端に、身銭を切って町を最先端のアーティスト、クリエイターのショーケースにする。経済合理性からかけ離れたアイデアだし、だったら『道楽』で終わってもいいのに、そこから次世代の起業家、事業継承者を本気で育成して、次のフェイズへの成長軌道を描いている。難し過ぎて、普通はやらないし、できないです」

 小泉の言葉通り、既成の経営概念からすると、前橋のプロジェクトは取締役会もない、株主もいない「大いなる遊び」である。田中自身「リターンは自分がいなくなった後」と苦笑するほど、その時間軸は、はるかなものだ。しかし、実はそれこそが第二の創業の先にある、企業のサステナビリティにつながるのではないか。

「JINSはこの先、売り上げと価値創造の両方で、グローバルナンバーワンを目指します。動機はメガネを売ることではなく、常にイノベーションを起こすこと。日本の起業家が世界で勝負するなら、ITよりもモノづくり、まちづくりの方が優位だ。そんな戦略もあります」

 挑戦的でありながら、物腰は終始リラックス。「どんなに厳しい時でも、そう、未来への希望はずっと変わりませんね」と、また笑顔を見せた。

(文中敬称略)(文・清野由美)

AERA 2024年8月5日号

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