作家、燃え殻。デビュー作『ボクたちはみんな大人になれなかった』がいきなりのベストセラー。その後も燃え殻の作品は常に人気だ。なのに、いつもどこか不安を抱える。燃え殻が現在地にたどり着くまでには、長い不遇時代があった。ラジオや雑誌が命綱だった。置かれた場所でもがき続けた燃え殻が、長い夜を越えて作家になるまで。AERA 2024年7月29日号「現代の肖像」より。
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「自分がなぜ物書きなのか、いまも謎なんです」
いまや人気作家となった燃え殻(もえがら・50)は、やや戸惑った表情でそう言った。
燃え殻を一躍有名にしたのは2017年、テレビ美術制作会社に勤めながら書いたデビュー作『ボクたちはみんな大人になれなかった』(以下、『ボクたちは』)である。「自分より好きになった女性」との恋愛を描いた半自伝的小説で、本の帯には著名人がコメントを寄せた。「リズム&ブルースのとても長い曲を聴いているみたいだ」(糸井重里)、「謝りたい人と会いたい人の顔が浮かんだ」(堀江貴文)。文庫版にはあいみょんが「思い出さないでいるつもりだったことを思い出したんだ」という一文で始まる“アンサーソング”を寄稿。のちに森山未來主演の映画になり、本は文庫を含め累計20万部を突破するベストセラーになった。
その後も複数の作品が映像化され、いまは「週刊新潮」「週刊女性」などでエッセイを連載、ドラマの原作、ラジオパーソナリティーなど仕事の幅を広げている。普通ならば、少し自信をにじませてもいいと思うのだが、冒頭の言葉とともに、「怖くて怖くて」という感情をよく口にする。
それは、燃え殻がツイッター(現X)に投稿した呟(つぶや)きの面白さを買われ、小説執筆を勧められた経緯と無関係ではない。140字から8万字以上の世界への飛躍は想像を絶する難しさだ。しかも1冊目を出版した当時は、ミュージシャンの大槻ケンヂや中島らもの著書を中心に読むだけで、家に10冊ほどしか本がないという読書量だった。