2008年、長女を抱く朴被告(「朴鐘顕くんを支援する会」提供)※画像の一部を加工しています

「僕はしてないんです、裁判長」

 そして訪れた、7月18日。世間の注目度の高い事件であることが考慮されたのだろう、約100人を収容できる東京高裁の大法廷で、判決は言い渡された。

「本件控訴を棄却する」

 髪を短くそった黒スーツ姿で出廷していた朴被告は、「……え?」と声を漏らし、間髪入れずにこう叫んだ。

「それでは、この国には裁判はないことになってしまう!」

 有罪理由を淡々と述べる裁判長に、朴被告は何度も、異議を口にした。

「静粛にお願いできますか? あなたがいる状態で判決を最後まで言い渡したいので」ととがめられると、

「僕はしてないんです、裁判長、していないんです」と必死に訴える朴被告。10秒ほど沈黙のまま見つめ合ったのち、裁判長は再び判決文を読み上げはじめた。

「原判決の判断は、論理則、経験則等に照らして、不合理であるとは言えません」

「被告人の供述は全体的に見ても信用性が認められません」

 裁判長の言葉を聞きながら、朴被告は終始悲痛な表情を浮かべ、頭を抱え、天を仰ぎ、手元のノートにメモをとっていた。

 判決の宣告が終わると、手錠と腰縄をつけられた朴被告はおもむろに傍聴席を振り返り、家族や友人たちに「この間違いは必ず訂正される、大丈夫」と力強く声をかけた。最高裁に朴被告の無実を訴える上申書を提出したこともある佳菜子さんの父の姿を見つけると、大きくうなずき、刑務官に連れられて法廷をあとにした。

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朴被告に作るはずだった「牛肉のおつゆ」