チームのために何が出来るかを常に考えている。課題だったタックルも克服しつつあり、周囲を驚かせている。10番としてパスを分配するだけではなく自分でも突破していけるのが大きな強みである(写真:谷本結利)

 冒頭の言葉はその質問をぶつけた答えである。

ラグビー強豪校でなく片道2時間の朝鮮学校へ

 店主の西原在日(にしはらざいひ・56)もこう言った。「ラグビーは在日の子にとってはええスポーツですよ」。明治大学ラグビー部で、副キャプテンを務めた西原は大阪・鶴橋出身の二世である。大工大3年のときに高校ジャパンに選出されて、ニュージーランド遠征に参加したときのことがその後の人生に大きな影響を与えたという。「僕は国籍は韓国でしたけど、正直、ほんまに自分は韓国人なんかなとモヤモヤしていた。韓国人なら、祖国の兵役に行かないとあかんのか。でもそんなんできるわけないし。一方で日本代表になってもええんやろか。そんなふうに悩んでいるときにニュージーランドに行ったら、相手はサモアやトンガの出身の選手がニュージーの代表ユニフォームを着て試合に出てきた。ああ、これでええんや。俺は俺でええんやと。自分の生き方も決まった瞬間でしたね」

 パスポート主義は、国家の選択をひとつに迫られることになる。特にマージナルな存在のマイノリティーや先住民の選手にすれば、どこかを選ぶことで喪失感を持つこと、あるいは同胞からバッシングを受けることさえありうる。ダブルの選手などにとってもひとつの選択を強いられる制度でもある。しかし、国籍や国境にこだわることなく、居住している国や地域のために様々なルーツを持つ選手がひとつになって戦うことができるラグビーは、極めて自然にプレーに入っていける。

 朝鮮学校初の日本代表である李承信は、まさに新しい在日の形として存在している。

 2015年暮れ、同級生の徐和真(ソファジン・24)は「ほんまにあいつは来るんやろか」と思っていた。7人制ラグビーをしていた小学生の頃から、承信のプレーは突出していた。体格差が大きくなる中学生になっても、際立ったランとパスのスキルで3年生を凌駕(りょうが)していった。関西では強豪で鳴らしていた徐の東大阪朝鮮中級学校も、承信のいる神戸朝鮮初中級学校には、ボコボコにされた。高校進学時になると、同世代では別次元にいる承信を、幾多の日本のラグビー強豪校が特待生を条件に勧誘してきていた。アスリートとしての環境を考えるならば、高校無償化の対象から外されるなど、国連も問題視する差別に晒(さら)され、生徒数が減少し続けている大阪朝高に来るよりも全国大会の優勝実績のある日本の学校を選んだとしても不思議ではない。しかし、承信はラグビー経験のない生徒も交えてチーム作りをしなくてはならない学校(ハッキョ)に来た。

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