キックの練習には余念が無い。チームも代表も「自分が蹴る」という強い意志は日々のトレーニングと同時にメンタルの強化の賜物でもある。「距離が出ない日もあるのでその波を無くしたい」(写真:谷本結利)

「強豪校に行けば、容易に花園に行けますよね。でも自分にとっては同じルーツを持つ仲間たちと、朝鮮学校として強くなるプロセスに意義を感じていました」

 実家の神戸から東大阪の大阪朝高まで片道で2時間かかるが、いつも朝練習は一番乗りだった。

 当時、外部日本人コーチとして大阪朝高の指導に当たっていた元慶應義塾大学キャプテンの野澤武史(たけし・45)は承信が入学してきたときの衝撃を覚えている。

「凄(すご)いのが入ってくるというのは聞いていたんですが、最初からものが違っていました。秋にやった東福岡との試合で1年の承信だけがどんどん相手を抜いてトライしていく。キッカーを任せたらその精度も高い。普通はテクニックのある選手は身体を張らないものですが、タックルにも躊躇(ちゅうちょ)なく行く。しかも常に目標意識が高かったから、同期も彼に引っ張られて強くなっていきましたね」

 日常生活も含めた意識の高さは徐も感じていた。承信はいつも練習前にトップスピードを出すための初速の練習を一人でしていたのである。「『これが俺の課題や』と言うんです。『1歩目2歩目の速さを極めて相手との距離を詰められれば、身体の小さい俺でも体格差を埋めることができる』と。ラグビー脳は当時から高かった。それでいてエースやのに部室や階段の掃除も率先してやるんで、オフザピッチの模範にもなってくれていました」

身体が震えて足がすくんだ 自分に向き合って得たもの

 自らがどんな選手なのか、謙虚に把握した上で課題に取り組み、同期の人望も厚い。

「だからコーチとしては手がかからない選手でした。一番上手いんだけど、自分にボールをよこせという選手ではなくて、むしろパスがさばけるんでどんどん配球するんです。ただ彼がパスをすると自分より能力が低い選手にボールが渡ることになるから、それについて話をしましたね」(野澤)

 2016年、全国高校ラグビーの大阪府予選が始まると、このスーパー1年生を野澤たち指導者は隠すことにした。第一地区の決勝相手と目される東海大仰星には当たるまで見せるなというのが合言葉だった。満を持しての決勝で承信は初めて先発を果たした。花園出場をかけた試合は接戦となり、10対12のスコアで残り2分となった時点で仰星が反則を犯した。スタンドで応援していた徐たち、朝高応援団は盛り上がった。  

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