■自信を吹き込めば世界トップに辿り着く
23年のW杯は日本、インドネシア、フィリピンの共催。ビッグイベントを成功させるには男子のテコ入れが急務だった。活躍が読める女子と違い、男子は世界の大舞台でほぼ勝ったことがない。東京五輪は開催国枠で出場したものの、1勝もできずに終わった。世界ランキングは現在32位、アジア・オセアニアで6位だ。低空飛行を続ける男子代表をジャンプアップさせるには、ホーバスの力がどうしても必要だったと東野は言う。
「彼は日本のバスケを知り、日本の文化を知っている。世界に勝つための戦略設定もあり、ストラテジー(戦略)の天才でもある」
そんな能力がいかんなく発揮されたのが、女子を率いた東京五輪だった。それまで、身長差が如実に表れる競技と言われるバスケットで、日本女子が銀メダルを取るとは誰もが考えていなかった。だが17年に監督に就任すると、こう宣言した。
「東京の決勝でアメリカと戦い、金を取ります」
ホーバスが当時を思い起こす。
「あの時、誰も僕のことを信じていなかったね。クレージーだって」
しかしホーバスには確信があった。アシスタントコーチとして関わったリオ五輪で日本は8位。その時の経験から、足りない身長を戦術や戦略、技術でカバーすれば、世界NO.1のアメリカとも互角に戦えると考えた。そして、日本に最も欠けていたのが「自信」。自信を吹き込めば、間違いなく世界トップに辿り着けると踏んだ。
リオ五輪に出場し、東京五輪の主将を務めた高田真希(32=デンソーアイリス)は、ホーバスの金メダル発言を聞き、「マジか!」と思ったという。
監督は高い目標を掲げがちだ。だが、ホーバスの性格をよく知る高田は、「本気だ」と感じ取った。
「そのためにこれからどんな厳しい練習が待っているか想像できた。覚悟しましたね」
選手に自信を持たせるためには、ハードワークが必要だった。勝つための万全な準備と言ってもいい。しかし、ただ単に長時間練習をすればいいというものではない。ホーバスは、日本の学校の部活で行われている「根性練習」の弊害を感じていた。長時間練習の環境にいると、選手たちは本能的に体力を温存し、配分しようとする。そのため選手らは自分の限界を低い地点で設定してしまっていた。日本スポーツ界の弊害でもあった。
ホーバスはまず、長年培われた選手の本能を取り払う必要があると考えた。なぜこの技術を身につけなければならないのか、それはどの場面で生きてくるのか、練習の中で常に考えさせた。
ホーバスは日本人以上に日本人の心を察知し、選手が気づいていない個々のアドバンテージを引き出した。我慢、気遣い、思いやり、誠実さ、緻密さなど一見勝負の世界ではマイナスになりそうなメンタリティーを巧みに結合させ、強固なチーム力として結晶させた。
「私は日本語があまり分からなかった。だから、相手の表情やしぐさなどを観察して理解しようとしてきた。その分、その人の“本当”が見えるのかもしれない。そして私は日本人以上に日本人の秘めた能力を理解していると思います」