事務所には登山史の本やネパールの小物、今はまず見かけることがないウッドシャフトのピッケルなどがずらり。楽しい空間だった(撮影/編集・川口 穣)
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 「会いたい人に会いに行く」は、その名の通り、AERA編集部員が「会いたい人に会いに行く」企画。今週は誰もが知る登山家に、元登山雑誌編集者が会いに行きました。

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「登山家」と呼ばれる人には何人も会ったことがあるが、竹内洋岳さんほど「登山家らしくない」人はあまりいない。スラッとしたやせ形の長身、登山家特有のゴツゴツした感じもない。飄々とした語り口で話は抜群におもしろく、民俗史や地誌学、文学にまで造詣が深い。ある人は竹内さんを「哲学者」と表現していた。

 登山家としての実績は、登山をする人ならば誰もが知っている。世界に14座ある標高8千メートル以上の山すべてに登頂した唯一の日本人。それも、商業登山ツアーを利用するのではなく、少人数のチームで複数の8千メートル峰を継続登攀する、当時としては画期的な挑戦を続けてきた。

 私は2020年に出版された竹内さんの著書で、構成・文を担当した。その際、竹内さんには計20時間近いロングインタビューをし、初の8千メートル峰登頂だった1995年のマカルー(8463メートル)から14座完登を遂げる2012年のダウラギリ(8167メートル)まで、足かけ18年にわたる挑戦を事細かに聞いた。それ以外にも取材をする機会は何度かあったが、やはり8千メートル峰の話題が中心で、14座を終えた後のことは断片的にしか話を聞いていない。竹内さんがいま何に取り組み、何を目指しているのか知りたくて、東京・九段下の事務所を訪ねた。

「いま取り組んでいるのは、ネパールにどっぷり浸かりつつ少し恩返しをすること、それと、日本での野外教育。私自身ネパールと野外教育に育てられた人間で、切っても切れない関係なんです」

 8千メートル峰14座の挑戦を終えて以降も、竹内さんは毎年のようにネパールに通っている。今年も3月初旬から5月初旬までの約2カ月をネパールで過ごした。開発途上国での人材育成や雇用創出に取り組む公益財団法人の理事としてネパール事業を担当、カースト最下層の不可触民とされた人々の自立支援活動に取り組みつつ、著名なネイチャーフォトグラファーらとネパールの自然や生活を撮るプロジェクトもスタートした。

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川口穣

川口穣

ノンフィクションライター、AERA記者。著書『防災アプリ特務機関NERV 最強の災害情報インフラをつくったホワイトハッカーの10年』(平凡社)で第21回新潮ドキュメント賞候補。宮城県石巻市の災害公営住宅向け無料情報紙「石巻復興きずな新聞」副編集長も務める。

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