●親の「学歴」「所得」と子の「進学率」は比例しない?
以上の分析を踏まえ、ここで1つの「仮説」を検証してみよう。「親の学歴と子の進学率は比例するのではないか」というものだ。もしそうだとすると、「足立区は学歴が低いから進学率も低い」ということになるだろう。しかし、答えはそう単純ではない。
23区最低であるはずの足立区の大卒者の割合も、47都道府県で比べれば上位である11位の滋賀県(20.0%)に匹敵する。この数値は“九州の雄”、福岡県(18.8%)を上回る。
同様に、「所得水準が低いから進学率が低くなる」という仮説も検証してみよう。実はこちらも成立しない。足立区の平均所得水準(323万円)は、東京と並ぶ高進学県である京都府の所得水準(319万円)、さらに同府の人口の過半を占める京都市の所得水準(332万円)と大きく変わらないからだ。
『学校基本調査』によるわが国全体の2014年3月高卒者の平均進学率は、53.8%。東京都の進学率は66.1%。確かに47都道府県のトップだが、2位の京都府(65.6%)とは「厘差」。男子に限れば、東京都は62.6%、京都府は62.9%と順位が逆転する。東京23区に絞っても、66.7%。所得水準に見られるような圧倒的な優位性は影を潜める。
しかも、公立高校と私立高校の生徒の割合は、全国平均が69%と31%であるのに比べ、東京23区は36%と62%(残る2%は国立高校)。進学率の高い私立高校が多いことを差し引くと、東京の優位性はさらに割り引かれていいだろう。実際、公立高校に限った進学率となれば、全国平均の49.2%に対し東京23区は50.4%で、両者にほとんど差がないと言える。
では、そもそも東京23区の進学率は全国的に見てどんなトレンドがあるのか。文部科学省のデータ(元データはOECD「Education at a Glance2012」)によると、OECD加盟国の平均大学進学率(留学生を除く2010年値、以下同)は62%。日本は51%で、公表されている31ヵ国中22位にとどまる。ちなみに韓国は71%で、日本より20ポイントも高い。さらに、世界各国で大学進学率が年々上昇しているのに対し、わが国だけは近年頭打ちの状態が続いている。
日本と世界の主要国の大学進学率には、中退率が異なることや教育制度が異なることなど単純に比較できない面もある。しかし、少子化で分母が減っており、かつ「大学全入時代」を迎えているにもかかわらず、先進国の中で高いとは言えない大学進学率が上昇しない日本は、進学に対して独自の価値意識が存在していると考えるべきなのではないだろうか。
2014年3月に卒業した全国の高校生の進路は、大学・短大への進学が54%、専門学校が17%、予備校や外国語学校などの各種学校等が5%、これに公共職業能力開発施設を加えた広義の進学者が77%、就職(働きながら学ぶ人を除く)が17%、その他が6%だった。
東京23区では大学・短大進学率が67%に上り、専門学校は12%とやや低いものの、広義の進学者は85%を占める。一方で大学・短大への進学率が低い東部3区は専門学校への進学率が20%を超え、なかでも足立区は25%を数える。大学・短大か専門学校かは別にして、「進学」という大きな枠組みの中ではバランスが取れているようにも思われる。
●東京の「懐の深さ」が見えてくる薄っぺらな学歴社会でない23区の姿
ここまで分析してきたように、少なくとも東京は画一的で薄っぺらな学歴社会ではない、ということをご理解いただけたと思う。
昨年末、大きな話題を呼んだTBS系ドラマ『下町ロケット』。主人公の佃航平が率いる佃製作所でロケットや人工臓器に欠かせない超精密部品の製造に取り組む彼らの誇り、それは「穴を開ける」「削る」「磨く」といった、大学とは縁遠い、むしろ専門学校で学ぶべき技術・ノウハウに立脚していた。と同時に、彼らの前に立ち塞がる抵抗勢力たちは明らかに高学歴者であり、その性質が画一的であるがゆえにビジネスの未来が見通せなくなった、という構図が見え隠れしている。
もちろん『下町ロケット』は、原作者である池井戸潤氏の創作ではあるが、そのモデルは東京のそこかしこにある、ごくありふれた中小企業の姿に他ならない。そんな彼らの存在こそが、わが国の今を支え、未来を切り開いていく上で欠かせない原動力となっている。『下町ロケット』が多くの人々の心を打った根底には、この事実への“共感”が存在しているのではないだろうか。
なるほど、学歴階層社会は存在するかもしれない。が、それは決して優劣を意味するものではない。むしろ、地域や住民の個性を際立たせてくれる存在なのだ。冒頭で述べたように、格差を知ることはその地域の魅力を再発見することにもつながる。そんな東京の懐の深さが23区の「学歴格差」からは見えてくる。読者諸氏は何を感じただろうか。