
「異なった意見を主張しにくい状況も関係していると思います。何を言っても、ひろゆき現象のように『それってあなたの主観でしょ』と言われてしまう。そこに共通の理解やコンセンサスがあれば『私はこう思う』と言えるのだけれど、『あなたの意見でしょ』と言われてしまうと自分の思いを言語化して出すことが難しい。それがため息につながっている面もあると思います」
ではため息をつかれる側はどうか。
「価値観が多様化して自分の信念や信条を持ちづらいとなると、自分が何をすべきかを考えるとき、他人がどう考えているかを探りながら考えるようになります。いつも他人に対して敏感にアンテナを張るようになるんです」
以前は、周りの人にそれほど敏感にアンテナを張っていなくても生きていけた。でもいまは「自分が何をすべきか」を考えるにも、周りの反応が重要な要素になってくる。
「自分が何かをしようというとき、昔よりも多くの情報が必要なんです。他人がどう考えているかも重要な情報ですし、ため息をつかれることもその『情報源』の一つなので、敏感に反応せざるを得なくなってくるのです」
土井さんはSNSとの関係にも言及する。私たちが他者の情報を必要とするからこそ、SNSがこれほどまでに浸透した。そのSNSは、基本的にはバーバルなコミュニケーションだ。
「それが増えた分だけ、対面で会うときは、逆に身振り手振りや表情など非言語の『ノンバーバル』に目が行きやすい。SNSでのコミュニケーションが広がったことで、それまであまり気にならなかったため息などのノンバーバルに対して、かつて以上に敏感になっているのかもしれませんね」
この状況にどう対処すればいいのか。
「メラビアンの法則というものがあり、対面コミュニケーションでの影響力は、言語情報7%、聴覚情報38%、視覚情報55%といわれています。ため息も聴覚情報の一つですから、排除するのではなく有効に使ったほうがいい」
お互いにため息を嫌って、ますます分断を深めるのではなく、それをきっかけにお互いを理解し合う「触媒」にすべき。そう土井さんは指摘する。
「上司のため息は、『何を考えているのか』に気づくきっかけ。シグナルを送られているのだから、『けしからん』と切って捨てるのではなく、そのシグナルを読み取り、より深い関係性への一歩にできるのでは。ため息は『せっかくのいい機会』だと私は思います。ぜひ前向きにとらえてほしいですね」
(編集部・小長光哲郎)
※AERA 2024年7月8日号より抜粋

