伊藤匠新叡王(手前)に敗れ、大盤解説に臨む藤井聡太名人・竜王=2024年6月20日、山梨県甲府市
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 注目対局や将棋界の動向について紹介する「今週の一局 ニュースな将棋」。専門的な視点から解説します。AERA2024年7月8日号より。

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 藤井聡太が絶不調だったわけでも、ましてや弱かったわけでもない。ただただ、伊藤匠が強かった。将棋史に残る今期叡王戦は、まず伊藤の殊勲を称えるべきだろう。

 藤井叡王(八冠)に伊藤七段が挑戦する五番勝負の第5局は6月20日におこなわれた。最終局なので改めて振り駒がおこなわれ、わずかに有利な先手番を得たのは藤井だった。終盤に入ったあたりでは藤井優勢。八冠堅持の流れとも思われた。しかし伊藤は苦しい場面を耐え、形勢不明へと持ち込む。最後は伊藤が抜け出して、156手で勝利。3勝2敗でシリーズを制した。

「運がよかったかなと思っています」

 伊藤新叡王は局後、謙虚にコメントした。異次元の強さを誇る藤井を相手に、もちろん「運」だけで3番も勝てるはずがない。通算勝率は7割4分を超え、昨年度から立て続けに3度も挑戦する中、確固たる実力で勝ち得た初タイトルだった。藤井と同い年で3カ月ほど遅く生まれた伊藤は、まだ21歳8カ月の若さ。初タイトル獲得の年齢としては史上8位の年少記録となる。四段からタイトル獲得までのスピードに至っては、伊藤の方がわずかに藤井よりも速い。伊藤は藤井の「ライバル候補」から「ライバル」に昇格したと言ってよさそうだ。そして伊藤もまた、「大棋士候補」としての道を歩み始めた。

 史上最年少17歳でタイトル戦の番勝負に初登場以来、22回連続で制覇を続けていた藤井は、ついに初の敗退を喫した。八冠から後退した点について藤井は、苦笑しながら次のように答えた。

「それは時間の問題だと思っていたので。あまり気にせずに、これからもまた、がんばっていけたらと思います」

 七冠となった藤井が、将棋界の第一人者であることに変わりはない。休む間もなく、今後も防衛戦は続いていく。(ライター・松本博文)

AERA 2024年7月8日号

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松本博文

松本博文

フリーの将棋ライター。東京大学将棋部OB。主な著書に『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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