一方でこの国には自己堕胎罪もある。〈妊娠中の女子が薬物を用い、又はその他の方法により、堕胎したときは、1年以下の懲役に処する〉(刑法212条)

 母体保護法で人工妊娠中絶を認めながら、同時に自己堕胎罪も存在するのだ。そして清末さんは、この矛盾した状態にこそ問題の根が潜んでいるという。

「現在の日本では、妊娠を継続するかやめるかは当事者である女性が自分で決められることになっています。が、同時に、明治期に制定された自己堕胎罪は現在も廃止されていません。死文化したとはいえ、自己堕胎罪が今もなお刑法の中に残り続けている。流産や死産した女性が取り締まられる理由の根源は、ここにあります」

 自己堕胎罪は妊娠の主体である女性にも副作用を及ぼしていると、清末さんは続けた。

罪悪感を抱かせる条文

「中絶をどのように受け止めるかは個々で感覚が違いますが、総じて、自己堕胎罪が存在しているということは、いくら母体保護法によって条件付きで人工妊娠中絶ができるとしても、人によっては道徳的な意味での罪悪感を植えつけてしまう可能性が十分にある。産むか産まないかを女性が自己決定できることは法的に間違いないはずなのに、自己決定する主体が個人だという意識を薄めてしまう作用も働いてしまいます」

 女性に中絶への罪悪感を持たせかねない条文は、社会に「中絶=罪」とする価値観を植えつけるリスクをはらむ。国が自己堕胎罪を認めていることと、妊娠を「正しさ」でジャッジする世の中の空気は、実はつながっているのだ。遺伝性疾患のある前述の女性の場合、彼女は世の中の「正しい母親像」からはみ出したことにより、ときに関係のない他者から攻撃を受ける。

 予期せぬ妊娠にまつわる事件では多くの場合、女性の背景に貧困や、支援を受けられる人間関係を持たないなど、複数の要素が絡まって差別状況が深刻化する。それは前述した3人の女性にもあてはまる。彼女たちはそれぞれ技能実習生、住所不定、無職で、未受診妊婦でもあった。

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