中休みの時間にボルダリングの壁で遊ぶ港区立白金小の児童=東京都内、米倉昭仁撮影

世界を目指す子出るかも

「握力は向上するし、狭いスペースでも設置できると思いました」(吉野さん)

 調べてみると、握力だけでなく、全身を使うスポーツであることがわかった。

「バランス感覚や柔軟性も養われる。壁をどう攻略すればいいか、思考力も鍛えられる」

 吉野さんは20年夏、ボルダリング設備の設置を教育長に提案。翌年春、モデル校として白金小にボルダリング壁が設けられた。体力向上の効果が認められると、全ての区立の小学校と幼稚園に広まった。

「今年の夏のパリ五輪で、子どもたちはボルダリング競技を見て、『うちの学校にもある』と注目すると思います。今後、世界を目指す子が出てくるかもしれない」

 港区は今年秋、高松中学校にさらに規模の大きなクライミング施設を設ける予定だ。

「頭を使って登る手順を考えないとゴールにたどり着けない」と語る尾川とも子さん=本人提供

東京五輪で「ボルダリング」に脚光

 総務省の「社会生活基本調査」によると、年に1日でもスポーツをしたと答えた割合は、10~14歳では1996年は97.3%だったが、2021年は86.3%と11.0ポイント減った。この間、野球やサッカーをする子どもは約2割も減少した。

 一方、近年ボルダリング愛好者の増加は著しい。日本山岳・スポーツクライミング協会によると、愛好者を含む競技人口は約60万人。クライミングジムは15年ほど前、全国に100軒前後だったが、現在は約6倍に増えた。

「東京五輪の影響がすごく大きいと言います。日本人選手がメダルを獲得したこともあり、ボルダリングが広く知られるようになった。ジュニアレッスンを受ける子どもたちも増えました」

 そう語るのは、日本人女性初のプロクライマー、尾川とも子さんだ。宇宙飛行士を目指して早稲田大学理工学部に在学中の2000年、“宇宙に一番近い場所”である山に登るうち、クライミングと出合った。その後、ボルダリングにのめり込み、世界トップレベルの選手になった。

失敗を乗り越えてやり遂げる達成感

 尾川さんの2人の子どもも、ボルダリングをやっている。子どもの成長にボルダリングはふたつのメリットがあるという。

「ひとつは、普通の体操教室と同じで、体力の向上です。もうひとつは、頭を使って手順を考えないとゴールにたどり着けないので、何度もの失敗を乗り越えてやり遂げたときに大きな達成感が得られること」(尾川さん)

 ボルダリングは、「体を使ったチェス」とも呼ばれる。登る人の体格や筋力、技量によって最適なルートは異なる。

「登る手順は複雑で、ボルダリングでは登るルートを『課題』と呼びます」(同)

 半世紀以上前にボルダリングのスタイルを確立した米国人ジョン・ギル氏は数学者だった。

「彼はさまざまなアプローチで数学の難問に挑むことと、ボルダリングの壁を登る手順を探ることに共通点を見いだした。それで、ボルダリングのルートを『課題』と呼ぶようになったのです」(同)

日本人女性初のプロクライマー、尾川とも子さん=本人提供
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