『中村哲さん殺害事件 実行犯の「遺言」』

長くアフガニスタン支援を続け、現地からも高く評価されてきた中村哲さんが、運転手やボディーガードたちと共に暗殺された。その背景を助手たちと丹念に取材し、徐々に事件の背後に迫る筆致はサスペンス小説を読むよう。だがこれは、現実に起きていることなのだ。国同士の水争いなど背景を知れば知るほど読後感は重いが、調査報道の価値を改めて感じる一冊

 その結果、ある情報提供者から「実行犯のうち主犯格の男が『ドクター・ナカムラを殺してしまった』と言っている」という証言を得る。その男の名はアミール。最初は身代金目的で中村さんを誘拐するつもりだったが、パキスタンから来た共犯者が撃ってしまったと告白したという。そもそもアミールに中村さん誘拐を依頼したのは誰か。背景にはパキスタン側に源流があり、途中でアフガニスタン側に流れ込んだ後、再びパキスタン側に流れ出す1本の川の存在があった。両国を流れる「命の水」。アフガニスタン側で行われていた中村さんの灌漑事業はパキスタンから見れば「自分たちの水を盗むもの」。それが命を狙う背景にあった。

「日本の支援活動はソフトパワーを重視し、灌漑事業にも多額のお金を援助しています。水対策は日本のお家芸なのですから、パキスタン側でも水不足対策にあたってバランスを取るのも手です。中村さんの前にもNGOの日本人が殺されていますし、トルコ人の技術者が誘拐されるなど、水に関わった人たちの危険は大きい。そのリスクに日本が向き合えているかどうか」

 乗京さんは、運転手やボディーガードの遺族に中村さんが代表を務めていたNGO側から弔慰金は支払われたものの、その後は生活に苦しんでいることにも目を向ける。

「タリバンが再び実権を握った際、欧米は大使館の現地スタッフや家族も一緒に退避させました。でも日本はJICAや大使館のスタッフを500人も置いていったのです。人権を無視した対応だと国内外から批判を受けました。ソフトパワーで国際貢献するなら、今後どうすべきか真剣に考えないといけません」

 地道な調査報道を続けてきた人の真っ直ぐな言葉だった。

(ライター・千葉望)

AERA 2024年5月13日号

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