『シニアになって、ひとり旅』
朝日文庫より発売中
旅に出る前夜、ばたばたと準備をする。衣類、洗面用具、カメラ、資料、サンダル……。以前、ザックに入るものは、海外と国内で違っていた。
たとえば洗面用具。国内旅行で詰めるアイテム数は少なかった。宿にシャンプー、石鹸、歯ブラシ、髭剃りなどがそろっているからだ。衣類のなかに寝巻も入れない。宿にはスリッパがあるからサンダルもいらない……。
海外で泊まるのは主に安宿である。バックパッカースタイルで長く旅をつづけてきた。安い宿に泊まることは僕の海外旅に刷り込まれている。そろそろ七十歳になろうとしているが、いまだ安宿派だ。困ったことに安宿のほうが落ち着く。一泊二十ドル──。これが僕が海外で泊まる宿の目安である。かつては二千円、円安のいまでは三千円……。さすがに欧米では難しい金額になってきているが。この種の宿になると、アメニティの類は期待できない。シャンプー、石鹸、歯ブラシ、髭剃り、そして寝巻代わりのTシャツやハーフパンツ、サンダルは持参する癖がついた。
ところが最近、海外と国内で詰める荷物が同じになってきている。コロナ禍明け以降のことだ。
理由は宿代である。日本のホテル代が一気に高くなった。割高感をさらに高めているのは、僕の旅がひとりになったためでもある。
コロナ禍前はカメラマンが同行することがほとんどだった。何回となく一緒に旅をした仲だから、ふたり部屋を利用することが多かった。ひとりあたりの宿代は安くなる。
しかし新型コロナウイルスの嵐のなかで旅は不要不急の烙印が捺され、本の出版も滞る。出版不況も追い打ちをかける。そのなかで僕の旅はひとりになり、宿の部屋もひとり部屋になってしまったのだ。
宿を予約するためにホテル予約サイトを眺める。大都市になると、安めのビジネスホテルでもシングルで六、七千円を超える。一万円を超えることも珍しくない。