■自動車産業の近未来
一方、夜明け前といえるEVの販売現場で見えてくるのは、「クルマ屋」からの脱却を迫られている自動車産業の近未来の姿だ。
「EQ横浜」に来店する客の3割ほどはV2Hに関心を持っているという。EVに載っている大容量の電池を蓄電池として使い、家庭の太陽光パネルで発電した余剰電力を貯めたり、災害時の電源として使ったりしようとしているのだ。自宅を新築し、太陽光パネルを設置したことを契機に、EVを購入したいという客も増えている。こうした傾向は日産の複数のディーラーでも耳にした。
今、EVを購入している人たちの関心事はクルマとしての走りの良さ、環境性能だけではない。家庭内のエネルギーマネジメントの主要な装置としてEVを活用しようとしているのだ。そこにビジネスチャンスがある。
現状ではEV購入者に対する充電機器などの販売、設置は販売店が提携している電気設備業者が請け負っている。充電器は1基10万~30万円程度、V2H機器は設置費用を含めると120万~130万円ほどだが、販売店は紹介手数料を取っているだけだ。
とはいえ客のニーズをいち早くつかむのは販売店である。EV販売と同時に電気関連の周辺設備の販売を一気通貫で総合的にサービスした方が客の利便性も上がる。だが現状は数%にも満たないEV販売の国内市場でそこまでマンパワーを投入できないというのが実情だ。
メーカーも販売店も手をこまねいているわけではない。
日産は「ブルー・スイッチ」活動と称して214の自治体や企業と連携し、EV導入を通じて脱炭素や災害時の電力供給態勢の構築を目指している。40年に全車種をEVと燃料電池車(FCV)にすると表明したホンダは12年前からV2Hの実証実験をし、昨年からはスイス国内の40カ所で再生可能エネルギーを安定供給するためにEVの蓄電池を活用する実証実験を始めている。
いずれの取り組みも、EVが普及した際には、自動車メーカーがクルマを売るだけではなく、エネルギー分野のビジネスも手がけようとしている証左である。
■「クルマ屋の限界」
トヨタ系ディーラーの「トヨタユナイテッド静岡」は昨年2月からEVの普及に伴い、クルマと一緒に便利な暮らしを届けようと充電器や蓄電池、太陽光パネルなどのエネルギー関連事業に乗り出した。トヨタのプラグインハイブリッド車やEV「bZ4X」などの購入者にサービスを提供している。
EVの普及と再生可能エネルギーの増加は中長期の潮流だ。発電量が不安定になりがちな再エネには余剰電力を貯める蓄電池が必要だ。大容量の電池を搭載しているEVは走らないときは蓄電池として活用できるデバイスになりうる。
クルマとエネルギーマネジメントの統合は、「100年に一度の大変革」を迎えた自動車産業の重要な課題だ。豊田章男氏が社長交代会見で「クルマ屋の限界」を吐露したが、クルマ屋では生き残れない競争がもう始まっている。(経済ジャーナリスト・安井孝之)
※AERA 2023年4月10日号