「クスリでもやってたのだろう」
エレベーターでの発言は、たとえばこうだ。「ある乗客は入院患者を“提督”と呼び、別の乗客は“X社の経営者”と表現した」「昨日は16時間働いて、家に帰ってビールを飲んだら、いつの間にかここに戻っていた。一晩中働けるとは思えない」
《エレベーターに乗っていた医師が、大金を手にするまでの時間稼ぎをしていることが明らかになったことが2度あり、彼らの主な動機が質の高い医療を提供することなのかどうか疑問が呈された。ある医師が言った。「そうだ、私はここを出る。大金を稼げるところに行くんだ。もう患者を追いかける必要はない」。別の医師はこう答えた。「給料を見るには虫眼鏡が必要だ」》
《ある看護師は、別の看護師について「昨夜はクスリでもやっていたのだろう」》《2人の病院管理者が、死亡した患者を診察するために検視官を呼ばなければならなかったのは「彼の死は病院のせいだからだ」と話し合った》
モラルが高い職業とされる医者や看護師でさえこれである。さすがにこの論文の結果もあって、注意喚起がなされた状態にあるとはいえ、エレベーターで話をしなくなっただけで、本音はこのあたりにあるということだろう。内輪の飲み会などでは同様の会話をしているのは間違いない。
これはあらゆる人々にも言えることだ。こうした悪口や秘密の暴露は、たとえば友人同士の会、職場の飲み会などではどこまで許されるのか。