さらに石川さんは、地元で捕れたキョンの革の利用を模索してきた。
キョン革の繊維は非常に細かく、強度と柔軟性、汚れの吸着性を併せ持つ。そのため、宝飾品やメガネ、楽器などを拭く最高級品のセーム革や、弓道の「ゆがけ」と呼ばれる手袋の材料として利用されている。
シカの革を使った関東、近畿地方の伝統工芸品「印伝」(いんでん)にも、キョン革が使われている。なめし革に染色を施して漆で模様を描き、革袋などが作られる。
現在の印伝の製品は、ほぼすべてが中国から輸入されたキョン革が使われているが、石川さんは「房州印伝」の商標をとるなどして国産化を試みてきた。
「年間数十万頭ものキョンの革を中国から輸入していながら、国内で捕獲したキョンはほとんど利用することなく、その命の多くをただ処分しています。この状況を少しでも良くしたい」
千葉県も今年度から、県の事業で捕獲したキョンの肉や加工品、革製品をふるさと納税の返礼品として用意するなど、活用に力を入れ始めた。
茨城県にも迫る
房総半島内で、拡大を続けてきたキョン。
千葉県は21年度に、半島中央部の東西に位置する一宮町と市原市を結んだ「分布拡大防止ライン」を設定。キョンの北上をはばむ「防衛ライン」として、この付近での捕獲を集中的に進めている。
しかし、すでに県北部の成田市や柏市の周辺でも、キョンの目撃は相次いでいる。県自然保護課の市原岳人副課長は、
「ラインの北側に、キョンの生息域は広がっていないと認識しています」
と説明する。「防衛ライン」を越えて確認されているのはオスばかりで、メスは目撃されていないためだ。キョンは群れをつくらずに単独で行動することが多く、さらにオスはメスよりも行動範囲が広いと考えられている。