それまで仕事三昧で会社に滅私奉公してきた夫たちが、いざ定年退職になり、これからは心穏やかに家で過ごせるようになったと一安心した矢先に、それまでひとりの時間を家で謳歌してきた妻たちが悲鳴を上げるようになったのです。妻の側も、ようやく手のかかる子どもたちが巣立ち、自宅で自由時間を持てるようになったと思ったら、今度は初老の夫がデンと構えるようになったのです。しかも四六時中家にいて、一日三度の食事を当然のように求めてくる。妻の奉仕を当たり前のものとしてテレビの前に陣取り、「コーヒー」などと注文する夫に対してイライラが募り、しまいには動悸息切れがしてくる……。そんな状態を「亭主在宅シンドローム」と呼ぶそうですが、逆に妻が外出や旅行をする際に、今度はどこにでもついてこようとする夫に対しては、評論家の樋口恵子さんによって「濡れ落ち葉」という名前が付けられました。これらは典型的な日本の「性別役割分業型家族の愛情観」の弊害かもしれません。
それまで「外で家族のために働きお金を稼ぐこと」が夫からの愛情の証だったのに、「外で稼がなくなった夫」は、何によって妻の私に「愛情」をくれるのか。定年退職という区切りで、「家庭内における男女分業」システムが解消したのなら、私も家事から解放されるべきではないか。それにもかかわらず、妻としての愛情の証である家事は死ぬまでしなくてはならないこの理不尽さをどうしてくれようか……。代弁すれば、このようなところでしょうか。