家族が最も悲しく感じる認知症のお年寄りの行動の一つに、「お金がなくなる」「物を盗まれる」という認知症による被害妄想があります。自分の親に泥棒呼ばわりされて、やりきれない思いを抱く人はとても多いです。

 こんなとき、「関心をそらせる」接し方をしてみてください。おとうさん・おかあさん本人の関心をそらせると同時に、あなた自身の関心もそらせます。「泥棒」という強い言葉に親も子どももとらわれると、怒りや悲しみのあまり、相手を攻撃するような言動を双方がしてしまいます。そうなると事態はさらに悪くなります。

 たとえば、次のように「そらして」みてはいかがでしょうか。

「おとうさんはやっぱりお金のことはきちんとしている。一代で財産を築いたんだもんね。商売のこと、もう少し教えてください」。この場合、おとうさんを「財産を築いた立派な人」として尊敬する態度で接します。

 あるいは、「お金がなくなったなんて許せないね。おかあさんは間違ったことが大きらいだものね。その正義感、どうやったら持ち続けられる?」。相手の「正しい姿勢」をほめて、教えを請う接し方にします。

 こんなふうに会話することで、盗まれたという被害妄想が、おとうさん・おかあさんの生きてきた道、人生訓のようなものに入れ替わってくれるかもしれません。

介護職の力を借りて、認知症の親を受け入れる

 私たち介護職は、危険を伴わないかぎり、認知症のさまざまな行為、問題行動を止めることはしません。行動を否定したり、直そうとしたりもしません。そのままを受け入れ、そして行動の裏に隠れている「理由」を探り出し、それをできる限り解決して、改善に導きます。なぜそれができるかというと、過去から積み上げた人間関係がないので、いまの目の前のそのままのお年寄りを受け入れられるからです。これは身内にはまずできないことです。

 しかし一つひとつの場面での、よりよい接し方・対応のしかたは一緒に考えることができます。

 多くの認知症の親をもつ家族と接してきて、わかったことがあります。それは、一人で抱え込まず、さまざまな人との出会いをもって認知症ケアを続けてくると、ある程度の時間が過ぎたら、認知症の親を受け入れるようになる家族が多いことです。自分たちだけでがんばるのではなく、介護のプロの手を借りて、認知症であろうがなかろうが、「これが私のおかあさん、これが私のおとうさん」と気負うことなく言える日を目指してほしいと思います。

(構成/別所 文)

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高口光子

高口光子

高知医療学院卒業。理学療法士として病院勤務ののち、特別養護老人ホームに介護職として勤務。2002年から医療法人財団百葉の会で法人事務局企画教育推進室室長、生活リハビリ推進室室長を務めるとともに、介護アドバイザーとして活動。介護老人保健施設・鶴舞乃城、星のしずくの立ち上げに参加。22年、理想の介護の追求と実現を考える「髙口光子の元気がでる介護研究所」を設立。介護アドバイザー、理学療法士、介護福祉士、介護支援専門員。『介護施設で死ぬということ』『認知症介護びっくり日記』『リーダーのためのケア技術論』『介護の毒(ドク)はコドク(孤独)です。』など著書多数。https://genki-kaigo.net/ (元気がでる介護研究所)

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