山田太一作品は「観るもの」であって「読むもの」ではないと思い込んでいたが、それはかなり勿体ない考えだと気付かされた。短篇小説が3作、ショートショートが2作、そして戯曲とテレビドラマの脚本が1作ずつ。書かれ方も主題も異なる作品を次から次へと読んでいくのは楽しい。と同時に、全ての作品が山田太一らしさによって緩やかに繋がっていることは、とても心強い。
ひとを脅すための手紙を送ろうとするしゃがれ声の女や(「あの街は消えた」)、結婚するたび不自然なかたちで夫を亡くす美女など(「読んでいない絵本」)、短篇作品に登場する女たちは、とにかく闇が深い。そして、その闇に近づくことになるのは、世慣れていない青年だ。闇への恐怖と好奇心が綱引きしている様子は、こちらの心までざわつかせる。
一方、戯曲「黄金色の夕暮」に描かれているのは、家族の物語だ。銀行の支店長「花岡」は、上層部からの命令で行った総会屋への不正融資を自分ひとりの罪として背負わねばならなくなる。しかし、事件を担当する検事「内田」は、家宅捜索の後、証拠品を見せながらこんなことを言う。「もし、あなたの息子さんとうちの娘が恋仲だったら、私、これ、なかったことにして、あなたを逮捕するの、よそうと思う」。
花岡家と内田家の事情がいきなり顔を出す展開だ。法律と道徳と家族愛とがごちゃまぜになり、わたしたちもまた善悪の狭間で宙づりにされる。そんな中、花岡の母「八重」は、悪いことが起こって初めてひとは本気になると語る。「そしたら、みんなどんどん本気になるわ。どんどん、みんな、凄い人になるわ」……八重の言葉によって、彼らがある結論へと至った時、わたしもまたひとつの気づきを得ていた(そうか! 悪いことが起こると、ひとは凄くなるのか!)。役者の身体を経由せず、山田の言葉を直接この眼に焼き付ける愉楽、あなたにも是非味わって欲しい。
※週刊朝日 2015年8月28日号