この落とし穴は、一つの方向からしかものを見ていない人ほどはまりやすいものです。まさしく家族からの運転免許証の返納の提案を渋ったときの私がそうです。その方向から見ることが自分にとって利益になるとか心地よい場合は、決して固定的な見方を崩そうとしないのが人間です。自分ではさも正当なことをやっているかのように錯覚していますが、実際には危険極まりないことをしているのです。

 自分が損をするようなことは受け入れがたいので、つい自分に甘い見方をしてしまうのは、いわゆる老害につながる思考です。これを避けるためには、「他人の視点」を使うのも有効な手段になります。しかし、他人の視点がいつも正しく効果的とは思えないので、無条件にすべてを受け入れるのではなく、内容を精査して取捨選択することが必要です。世の中では「客観的視点」がいいものとされていますが、すべてのケースで自分の利益に反する他人の視点を選ぶことが正しいとは限らないからです。

 極端なことを言うと、人に大きな迷惑がかからないものなら、自分の利益を優先して判断してもいいと思います。老害行為を積極的に肯定するつもりはありませんが、場合によってはそういうことがあってもいいし、まわりもある程度は容認したほうがいいでしょう。歳を取ると様々な機能が衰えて、ただでさえストレスを感じる機会が増えます。そんな中でまわりから「あれもだめ」「これもだめ」と言われ続けると、さらにストレスが募るばかりです。

著者プロフィールを見る
畑村洋太郎

畑村洋太郎

1941年東京生まれ。東京大学工学部卒。同大学院修士課程修了。東京大学名誉教授。工学博士。専門は失敗学、創造学、知能化加工学、ナノ・マイクロ加工学。2001年より畑村創造工学研究所を主宰。02年にNPO法人「失敗学会」を、07年に「危険学プロジェクト」を立ち上げる。著書に『失敗学のすすめ』『創造学のすすめ』など多数。

畑村洋太郎の記事一覧はこちら