小野龍光さん

数字を追いかけ続ける「苦しみ」

――小野さんご自身も、数字を追いかけ続けることが「苦しみ」になっていった過去があります。

小野 数字を追いかけている人は、「数字に駆動されている」状態なのですが、その実態すら見えていないのだと思います。

 数字以外の部分で、何に喜びを持ち、何に価値を見いだし、信じることができるか。その点を自分自身で磨く必要があるのだと考えています。そうでないと、数字に翻弄(ほんろう)されやすくなり、結果、苦しみにつながってしまうのではないでしょうか。

――動画の再生回数やSNSのフォロワー数、「いいね」の数など、なぜ人は必ずしも必要ではない数字を追い求めてしまうのでしょうか。

小野 数字は「分かりやすい」からでしょうね。

 例えば、自分の使命を果たしたいだとか、人の役に立ちたいと考えたとします。でも、使命って雲のようにふわっとした形なきものですし、いったい何がどうなったら「役に立った」と言えるのかも答えがありません。

 何か足りないなという、もやもやした思いが自分の中にある人は、わかりやすい数字を求めてしまうのでしょう。

――それは、数字で自分を飾るということですか。

小野 自分への内なる信念や自信が築き上げられていないと、自分の外にある何かで自分を飾りたくなるのかもしれません。

 どんな肩書を得たかや、フォロワー数が何十万人に増えましたなどと、気づけば、おでこに「付箋」をたくさん貼っている状態になってしまいます。

「内面や中身はどう変わったんですか」という点を言葉で表現したり、その問いに答えたりすることはとても難しいから、おでこの付箋によって安心感を得たがるのではないでしょうか。

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