数学者の小谷元子さんは、東北大学の理事・副学長(研究担当)である。「世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)」で設立された東北大の原子分子材料科学高等研究機構(AIMR 、2017年から材料科学高等研究所に改称)の代表を2012年から2019年まで務めた。学術行政関係の要職に就いた時期もあり、2022年からは外務大臣の次席科学技術顧問となっている。
【写真】猿橋受賞後、研究する時間が減ってしまい悩んだこともあった
専門は幾何学。より専門的に言うと「離散幾何解析学」である。「研究が好きで、人と口をきかないで研究だけするほうがたぶん自分の性格とか能力には合っている」。大学の研究運営に関わりを持ち始めたのは40代半ばから。「自分には向いていない」と思いながら経験を積み、大学からも政府からも頼りにされる存在になった。(聞き手・構成/科学ジャーナリスト・高橋真理子)
自分がやりたい分野の中心地
――東京大学の理学部数学科を卒業されて、大学院は東京都立大学に進まれたんですね。
私は幾何学のなかでも微分幾何と呼ばれる分野を専門にしていたんですけれど、その分野の先生が東大にはあまりいなかったんですよ。助教授が1人だけでした。で、その先生から微分幾何なら都立大か筑波大学、大阪大学がいいと聞き、自宅から通える都立大を選びました。
――そういうことだったんですか。
東北大学も幾何学が強い大学で、私は東北大に助教授として採ってもらえたとき、とっても嬉しかった。自分がやりたい研究の中心地に来られたって。当時、砂田利一先生が東北大にいらして、新しい分野をつくり出していたんです。幾何、つまり図形の問題は座標が入れば方程式が書けて、解析学の問題になる。それが「微分幾何」で、最近では「幾何解析学」とも呼ばれます。これを座標が入らなくてもできるようにしたいという機運が高まってきて、その中心にいたのが砂田先生です。私も興味を持ち、「離散」、つまり連続していないバラバラな構造での幾何解析学をやり始めました。確率論を取り入れて、バラバラな構造のなかでの幾何学を考えるんです。
研究する時間がなくなるってどういうこと?
――その成果で、優れた女性研究者に贈られる「猿橋賞」を2005年に受賞されたんですね。受賞理由は「離散幾何解析学による結晶格子の研究」となっています。
はい。受賞すると、中高生向けや一般向けの講演などアウトリーチ活動をいっぱいやりなさいと勧められました。それが務めかなと思って引き受けていたら、毎週末、どこかで講演するような生活になった。当時は、いい研究ができて賞をもらったら、研究する時間がなくなるってどういうこと?ってすごく思っていました。
でも、大学全体の委員会のような場に呼ばれるようになったのは、この賞をもらったから。そういう意味では、猿橋賞がなければ今のような仕事はしていないと思います。私は研究以外の仕事は「自分には向いていない」と感じつつやってきたので、それが幸せだったかどうかはちょっとわからないですけど。
最初は、若い人を集めて研究企画のアイデアを練る学内委員会に、理学研究科から推薦されて入った。委員会をつくったのは、東北大の研究担当理事です。私が推薦された一番大きな理由は猿橋賞かなと思うんです。そのときは大したことはしませんでしたが、総長が代わって総長室のなかに若手の教授たちを集めて、研究とか教育とかを企画する5つのグループをつくったんですね。その研究グループのリーダーになった。47歳ぐらいのときでした。