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 スズ子(趣里)の妊娠判明は朝ドラには珍しく、ごくあっさりとしていた。マネージャーの山下(近藤芳正)と村山興行東京支社長の坂口(黒田有)を前に、お茶を口に含んだスズ子が「すんまへん、ちょっと失礼します」と立ち上がる。それで終わり、「うっ」と口に手をあて、水道の方へ走り……という朝ドラの定番「つわりシーン」を回避していた。

 そもそも『ブギウギ』初回にはスズ子と赤ん坊が登場するし、愛助(水上恒司)とスズ子の愛情は直前に行った箱根旅行でたっぷり描かれた。だから「ちょっと失礼します=つわり」だと視聴者もわかる、「野暮は言いっこなし」な感じかもしれない。次に映ったのは、愛助の着物に触れながら「やっぱり(妊娠)やったで」とつぶやくスズ子。穏やかな表情だった。

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 妊娠したこと、愛助には手紙で報告することを、山下と坂口に伝える。2人は社長には内緒にしておいた方がいい、とアドバイスする。社長とは村山興行社長、愛助の母・トミ(小雪)だ。だが愛助は、手紙を読んだ瞬間に「お母ちゃん、僕な、父親になるんや」と言ってしまう。

 ここから、スズ子の強さが前に出る。「社長は怒髪天」と聞き、大阪に行くと宣言する。自分からトミに話す、この子を「父(てて)なし子」にしたくない。そう坂口と山下に言って、自分の出自のことを話し出した。「自分の両親はほんまの親やないんです」「ワテ、もらい子ですねん」と。梅丸歌劇団時代に描かれた実の親の話を2人にして、自分は良い両親にもらわれたからよかった、と続けた。

 「この子を絶対に傷つけない」と、スズ子は繰り返し語る。自分は必死に育てるが、父親がいないと心ないことを言う人もいるだろう、この子に少しも傷つかないように、つらい思いなど一つもしないように生きてほしい。だから自分が事情を話す、それで結婚を許してほしい。そう切々と語るのを聞きながら、スズ子は自分が「もらい子」だという事実に深く傷ついていたのだと改めて思う。

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矢部万紀子

矢部万紀子

矢部万紀子(やべまきこ)/1961年三重県生まれ/横浜育ち。コラムニスト。1983年朝日新聞社に入社、宇都宮支局、学芸部を経て「AERA」、経済部、「週刊朝日」に所属。週刊朝日で担当した松本人志著『遺書』『松本』がミリオンセラーに。「AERA」編集長代理、書籍編集部長をつとめ、2011年退社。同年シニア女性誌「いきいき(現「ハルメク」)」編集長に。2017年に(株)ハルメクを退社、フリーに。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』『美智子さまという奇跡』『雅子さまの笑顔』。

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