実母との再会シーンでも、傷は十分に描かれていた。だから想像はつく。が、それをずっと抱えていたという事実を目の当たりにし、こちらも苦しくなる。と、同時に、スズ子の変容に驚かされた。自分がどうしたいかと語るのは、スズ子にはとても珍しいことだからだ。
スズ子は、これまでにないタイプのヒロインだと思う。朝ドラは多種多様だが、自らの意志を何とか貫こうとするヒロインの姿を描くのが基本だ。だが、自分を支える強い意志のようなものをスズ子から感じることは多くない。歌が好き、踊りが好き。その気持ちで道を歩んでいく。すると、良い人たちと出会う。その人たちに感化され、いつの間にか上昇気流に乗っている。そんな「受け身型」のヒロインのように見える。
梅丸歌劇団に進んだのも、親友のタエ子から「私が鈴ちゃんみたいに歌えたら、花咲受けるけどな」と言われたことがきっかけだ。花咲は落ちたが、梅丸で人気を得て上京、羽鳥(草彅剛)という作曲家に才能を見出され、歌手として成功を収める。「スイングの女王」になるが、それでもスズ子は「自分とは何か」に無自覚だ。
戦時中、スズ子は一時、仕事を離れる。愛助と一緒にいたいからだ。戦況が悪化、2人で防空壕に駆け込んだことがあった。ギスギスとした雰囲気だが、愛助に勧められたスズ子が「アイレ可愛や」を歌うと空気が和む。防空壕から出て、愛助が「さすが福来スズ子や」と言う。スズ子さんの歌でみなが正気に戻った、スズ子さんの歌には力がある、お先真っ暗な今こそ歌ってほしい、と。この言葉でスズ子は歌手活動を再開させる。
こういうスズ子がどうも物足りなかった。戦争を憎み、闘っていた茨田(菊地凛子)には、歌手という仕事への自覚があった。茨田型の女性が好きなのだ、私は、と思いながら、スズ子の仕事が順調なのは、茨田とは別の強さがあるからだとは思う。気乗りのしないまま引き受けた喜劇王・タナケン(生瀬勝久)との共演も、最後は成功する。ただし順調すぎるからだろう、スズ子は仕事への執着も薄めだ。トミに提示された結婚の条件「歌手引退」も受けいれようとさえする。そんな「受け身」の人だったのが、妊娠で変わった。初めて「自覚的」なスズ子を見た。