源氏物語図
出典:国立博物館所蔵品統合検索システム(https://colbase.nich.go.jp/collection_items/kyohaku/A%E7%94%B2529?locale=ja
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 平安時代四百年。日本史上、これほど長い時代は他にはない。歴史学者・関幸彦氏は、この長期にわたる時代を、平安京にイメージ化される時期と、それから脱皮して京都と呼称される段階とに区別した。十世紀以降である後者の“王朝時代”について再考していく。藤原道長と紫式部に象徴されるこの時代は、優雅さや弱々しさとは異なる面も持ち合わせていた。まずは能の舞台ともなった『源氏供養』を元に、『源氏物語』の意味を関氏の新著『藤原道長と紫式部 「貴族道」と「女房」の平安王朝』(朝日新書)から一部抜粋、再編集し、解説する。

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『源氏供養』について

 まずは『源氏供養』を素材に本編への助走としよう。これは紫式部が男女の秘事を『源氏物語』で広めたため、彼女は地獄に堕ちたという伝承をテーマとする。式部の霊を供養することに力点がおかれ、異色の作品といえる。

「謡曲」とは、室町時代に登場する能の台本をさす。能をご覧になった読者ならおわかりだろうが、今日風に表現すれば“3D”風味の立体的な紙芝居と考えることもできる。中世の人々を楽しませた演劇的娯楽の一つである。多くが過去の歴史的出来事に取材している。王朝時代や源平の争乱をテーマとした作品も多い。

『源氏物語』の内容を材料としたものとして、「夕顔」「葵上」「野宮」「玉鬘」「浮舟」等々は有名だ。主役は「光ノ君」、すなわち「光源氏」の縁者たちだ。これらの作品群は、王朝世界を追憶する“依代”となっている。

 いまさらながらの『源氏物語』を語るのは、『源氏供養』を介して、王朝時代の扉を敲くことにある。小説・文学的世界とはいえ、『源氏物語』がある種の実在性を以て、王朝貴族たちに迎えられたことは間違いない。

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関幸彦

関幸彦

●関幸彦(せき・ゆきひこ) 日本中世史の歴史学者。1952年生まれ。学習院大学大学院人文科学研究科史学専攻博士課程修了。学習院大学助手、文部省初等中等教育局教科書調査官、鶴見大学文学部教授を経て、2008年に日本大学文理学部史学科教授就任。23年3月に退任。近著に『その後の鎌倉 抗心の記憶』(山川出版社、2018年)、『敗者たちの中世争乱 年号から読み解く』(吉川弘文館、2020年)、『刀伊の入寇 平安時代、最大の対外危機』(中公新書、2021年)、『奥羽武士団』(吉川弘文館、2022年)などがある。

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『源氏供養』の雰囲気をさぐれば