近田眞代さんの自宅があった敷地は買い取られ、今は重機が並んでいる(撮影/上田耕司)

「16メートルの線」で分断された住民

 一方、Aさんは苦しい胸中をこう吐露した。

「私にも家族があるので、私の一存では決められない」

 自宅の“買い取り”をめぐっては、他でも地域の分断を生んでいる。

 今年8月以降、NEXCO東日本はトンネルの真上にあたる幅16メートル、長さ220メートルの範囲で緩んだ地盤の補修工事を進めている。住民らによると、この真上の範囲にある家は、仮移転・買い取りの対象となったという。

 夫と息子と暮らす60代の女性はこう話す。

「この家の地下は地盤補修することになっていて、私たちは立ち退きの対象になっています。周りの家はみなさん引っ越してしまい、うちはポツンと残されちゃったんです。ウチはたまたま、事業者からの話がすごく遅かったので残っていますが、私もいずれは出るつもりです」

 たしかに、女性の自宅周辺の家はすでに解体され更地になっている。

「幅16メートルにかかってないと、事業者は買い取らないんですね。私の家は全部ではないですけど、3分の1くらいかかっています。近所の人は、工事の低周波音によるストレスで体調を崩し、健康被害を受けてしまったので、事業者に買い取りを要求したのですが、『16メートルの幅にかかってない』と断られてしまった。結局、自分の健康を守るために先に転居だけして、今でも交渉を要求しているけれど、応じてもらえていないようです」

「16メートルの線」で分断された住民たち。だが陥没の被害はトンネル工事ルートの真上だけではなく、広範囲にみられ、健康被害を訴える人も少なくない。それでも、補償の対象になった家、ならない家で分けられる現実がある。事業者の「買い取り基準」の線引きはどこにあるのか。今年4月に東京・世田谷区に引っ越した近田眞代さんはこう話す。

「最初は、直上じゃないと買い取らないと言っていましたが、直上じゃなくても買い取っている家もある。健康被害のある人も取り合ってもらえない。どこが買い取りの対象になっているか、NEXCO東日本に買い取りの基準を何度聞いてもはっきりと公表しないんです。結局、(買い取りの)契約が済んで解体したところだけは公表しているという感じです。住民としては当然、隣接している家を買い取るなら、うちも買い取ってくれとなりますよね」

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