読者を楽しませる仕掛けがこれでもか!と入っている、サービス満点の一冊だ。収録されているのは「賢者の贈り物」や「最後の一葉」で知られるO・ヘンリーの短編であり、そこには100年前のニューヨークとそこで暮らす人々が登場する。
「サービス満点」と書いたのは、各話に解説がついていたり、当時の写真や絵画をカラーで紹介するミニコーナーがあったりするから。「おまけ」と呼ぶには充実し過ぎているこれらの助けを借りれば、読者は小説を読みながらにして、当時のニューヨークを快適に旅することができる。小説集であり、旅行ガイド。そんな気分で読み進めていけることが、本書の大きな魅力だ。
丁寧な解説のおかげで、想像の翼はぐんと広がり、登場人物たちとの距離感が一気に縮まる。わたしがとくにグッときたのは、大都会でがんばるワーキング・ガールたちの姿だ。たとえば、速記のスキルがなく、書類の清書しかできないタイピストが薄給であると知れば、粗末な部屋で暮らし、天窓から見える星に名前をつけるタイピスト女子が健気でたまらなくなる(「天窓の部屋」)。デパートのショップ・ガールが玉の輿狙いで働くのが常と知れば、知識・経験不足ゆえにイイ男を捕まえ損ねる話は、笑えるようでもあり、ほろ苦いようでもある(「あさましい恋人」)。働いて、恋をして、生きていく。彼女たちの生き方は、いまのわたしたちと何ら変わらない。100年の時を超えて女子会がしたいぐらいだ。
大昔かつ外国の物語(いろいろな意味で遠い!)を生き生きと見せているのは、なんといっても訳者の力。青山南+戸山翻訳農場……農場? 何やら気になるこの名前は、青山が学生と取り組んでいる翻訳プロジェクトの名前である。若い才能がO・ヘンリーを訳す「組み合わせの妙」もまた読者を楽しませる仕掛けとして効いている。未来の売れっ子翻訳家を探すつもりで読むのもいいかも知れない。
※週刊朝日 2015年7月24日号