エドゥルネ・パサバン(写真:ロイター/アフロ)

登山に国の威信をかけていた時代なら、数メートルにこだわる意味はあるかもしれません。しかし、いまの登山は個人の価値観で自由に楽しむもので、登り方も多様です。14座を目指す人は自分の思うやり方で目指せばいいし、難しいルートにこだわりたい人はそうすればいい。それぞれの登山にその人なりの価値があって、それを追い求めることに意味があります」

 ユルガルスキーらのレポートで「世界初」の14座登頂者とみなされたアメリカのエドモンド・ビエスチャーズも、海外メディアの取材に対して「バカげている」と述べたという。

AERA 2023年12月25日号より

事実上「折れた」形

 批判を受けてか、ユルガルスキーは今年10月、新たな声明を発表した。「歴史を書き換えるつもりはない」として「登頂許容範囲」という概念を持ち出し、「レガシー時代の14座」という名目でメスナーや竹内さんらの記録を復活させた。事実上ユルガルスキーが「折れた」形だ。

 ただ、騒動は多くの混乱をもたらした。ともに13座に登頂している石川直樹さんと渡邉直子さんは昨年、最高地点に達していなかったとしてマナスルに登りなおした。この基準によるならば2人のどちらかが「日本初」、渡邉さんは「女性世界初」となる可能性もあった(ユルガルスキー基準での女性世界初は23年に中国の登山家が達成)。期せずして初登争いに巻き込まれたともいえる。前出の竹内さんは二人の心情を慮りつつ、言う。

「登山の発展においては、本当の最高点が明らかになったのは素晴らしい。ふたりには新しい時代の14座を極めてほしいです」

 萩原さんもメリットはあったと話す。

「過去には『疑惑の登頂』もあったし、商業登山隊では山頂の手前で認定ピークと称して登頂とみなす事例もあります。今後8千メートル峰を登る人にとっては、後ろ指を指されることのない、本当の山頂がはっきりしたメリットはあると思います」

 そして、こうも言う。

「メスナーのようなアルピニズムの最先端を受け継ぐ登山家が日本にもいます。今年の夏には、平出和也さんと中島健郎さんがティリチミール(7708メートル)という山に挑み、未踏だった北壁からの登頂に成功しました。8千メートル峰だけでなく、こうした登山にもぜひ目を向けてみてください」

(編集部・川口穣)

AERA 2023年12月25日号

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