雅子さまは今回の「ご感想」で、「まだあどけないところも残る愛子ではありますが、いろいろな時に私たちを助けてくれるようにもなってきたと感じます」と述べていた。4月以降、人前に出ることを増やし、ますますご両親を助ける。その第一歩ではという推察だ。
そう思ったのには、一つ訳がある。最近、ある宮内庁関係者から、「愛子さまは卒業後、留学しないのではないか」という話を聞いたのだ。ご両親にならっていずれ英国留学するのが既定路線と思っていたが、そうとは限らないという。このところ体調の良い雅子さまだが、愛子さまが離れてしまうと再び悪化するかもしれない。そんな心配からだそうだ。
雅子さま守る愛子さま
このところの雅子さまは、確かにとても体調が良さそうだ。この1年、全国植樹祭など地方で行われる「四大行幸啓」はすべて出席、6月には陛下と共にインドネシアを7日間、訪問した。体調が悪い時によくあった行事への「直前のお取りやめ」も一度もなかったという。
8月、ご一家は那須御用邸で静養、恒例だという「散策中の宮内記者会お声がけ」に臨んだ。映像には、記者から「運動もなさるのですか」と尋ねられた愛子さまが「ハイキングというか散歩?」と答え、少し言い淀む場面があった。すぐに雅子さまが「バレーボールとか、バドミントンとか」と助け舟を出していた。
「ご感想」にあった「まだあどけないところも残る」愛子さまそのもので、小さな頃と重なった。愛子さまは学習院初等科時代、登校しづらいことがあり、雅子さまと2人で通学していた。それらの記憶も相まって、「愛子さまを守る雅子さま」という構図と思い込んでいたが、もしかすると「雅子さまを守る愛子さま」の側面もあるのかもしれない。そんなことも思う「愛子さまの復帰」だった。
ところで冒頭でも触れたが、記者会見は今回も実現しなかった。皇太子妃時代、誕生日ごとに記者会見を開いていた上皇后美智子さまが、皇后になってからは質問に文書で答える形に変わった。香淳皇后が会見をしていなかったからで、皇后としての前例が盾になったことは想像がつく。
「お茶目」で「お話好き」
とは言え、02年を最後に会見を開いていない雅子さまにとって、「還暦&結婚30年」は会見再開の絶好の機会だったはずだ。そうならなかったのはご本人の判断のはずで、雅子さまの“心の傷”を思ったりもする。
雅子さまを直接知る人は、雅子さまを「お茶目」「お話好き」と語る。皇太子妃時代に臨んだ記者会見からは、それに加えて「率直さ」「強さ」が見えた。