では、なぜ炭治郎は最初から「ヒノカミ神楽」だけではダメだったのか。

■「呼吸」は「合わさる」「交わる」ことで強くなる

 古の物語においても、自然界の力の顕現には、さまざまな象徴性を含む要素が語られてきた。陰陽五行説による「木火土金水(もっかどごんすい)」、錬金術思想とも重なる「土・火・水・気」の四大(しだい)などがそれに当たる。

鬼滅の刃』の「呼吸」という技が、これらから思想的な影響を受けていることは明らかであるが、特異なパワーである「自然界の要素」は単体ではなく、力の相互関係から読み解く必要があるだろう。

 禰豆子が鬼化した直後、炭焼きの少年・竈門炭治郎には、妹を救うための力がなかった。その段階では、炭治郎には父の教え「ヒノカミ神楽」を思い出す余裕もなければ、それを実際に使用するための体力も、剣技もなかった。彼に戦いに必要な「強さ」を与えたのは、水柱・冨岡義勇と、元水柱・鱗滝左近次である。彼ら「水の呼吸」の剣士が、“命をかけて”竈門兄妹を救い、守ったのだ。

■さらに交わる「呼吸」

 このように肉体は強くなっていった炭治郎だが、優しい彼は心の中に「惑い」も多かった。鬼を攻撃することにためらいを見せることすらあり、その一方で、自分の怒りの制御に翻弄されている。「妹の禰豆子を救う」ことが炭治郎の願いではあるのだが、他の「柱」たちよりも「戦いの原動力」に自覚的ではなかった。

「怒れ 許せないという強く純粋な怒りは 手足を動かすための揺るぎない原動力になる」(冨岡義勇/1巻・第1話「残酷」)

 これは義勇の戦闘に対する考えのひとつであるが、「怒りを戦いの原動力に変換する」という水柱・義勇の真の意図が、炭治郎には伝わりきっていない。

 そんな炭治郎に「憎しみにとらわれることのない、戦いの原動力」を教えた人物がいる。炎柱・煉獄杏寿郎だ。敵を恨み、人間の弱さを嘆き、人生を悔いるのではなく、鬼殺隊が守らねばならない「尊いもの」「儚きもの」「美しきもの」を、煉獄は炭治郎に教えた。

「心を燃やせ」(煉獄杏寿郎/8巻・第66話「黎明に散る」)

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新シリーズで描かれる「水の呼吸」の物語