映画「市子」で共演した杉咲花(中央)と監督の戸田彬弘(右)と第36回東京国際映画祭で。「自分の関わったなかでも本当に多くの人に届けたいという思いにさせられる映画」と若葉は言う(撮影/植田真紗美)

「この映画を、軽薄に人間をカテゴライズして『自分とは関係ない』と安心したがる人に観てほしいんです。例えばテレビで流れる通り魔殺人のニュースなどと同じ。犯人を『貧困家庭に育ったから、親の愛を受けなかったから、事件を起こしたんだ』と型にはめることで『対岸の火事』だと思って安心しようとする。そういうのは気持ち悪いと僕は思っていて。そうじゃない、人間ってもっと複雑で入り組んでいる。市子を知ることで、そんな見えない部分に触れてほしいなと思います」

 若葉の言葉は率直で、清々(すがすが)しいほどに明快だ。一見とっつきにくそうな風情で、実際は常に周囲を見渡し、正直さとユーモアを持って場を和ませることを忘れない。市子を演じた杉咲は言う。

「ある大切なシーンの撮影中、私の感情がとまってしまった瞬間があったんです。たいていはみなさん気にしない様子でいたり、励ましてくださったり、休憩を挟んでくださったり、あらゆる方法で心を配ってくださるのですが、若葉さんはケタケタと笑いながら『精根尽き果てたね』と言ったんです。私は拍子抜けして、でも正真正銘の事実にみるみる安らかな気持ちになり、感情を取り戻すことができました。なかなか笑えないような状況を素直に笑い、直視してくれる人がいることがなんとありがたいことか、と感謝しました」

 監督の戸田は、長谷川役への若葉のアプローチ法に驚かされたと話す。

「若葉さんは『市子の過去について、あえて脚本を読まなかった』と撮影中に明かしてくれました。そのほうが市子の過去を知る人の言葉に、新鮮に反応できると考えたそうです。それってけっこう怖いことだと思うんですが、若葉さんは自分で監督もされるからか、芝居を実に多面的、多角的に捉える方なんだなと感心しました」

 そう、若葉は20代から自主製作映画を何本も撮ってきた監督でもあるのだ。戸田は続ける。

「脚本に『涙を見せる』とあったシーンで若葉さんは『長谷川の気持ちとして、この人の前では涙は見せたくない』とまず涙なしの演技をしました。最終的にそちらを使ったのですが『監督、感情が出るバージョンも撮っときますか?』と次に一瞬でブワッと涙を見せる演技をした。ある種、余裕を持って演技を『遊ぶ』というのでしょうか、あの年でそこまで到達できる役者はなかなかいない。やはり子ども時代から大衆演劇に関わってきた経験値の高さ、豊富さもあるのかもしれません」

 再び、そう、そうなのだ。若葉は大衆演劇の子役として1歳3カ月から舞台に立ってきた。芸歴が年齢とほぼ一致する稀有(けう)な俳優だ。だがそれゆえに、ここまでの道のりは平坦(へいたん)ではなかった。

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