エッセイスト 小島慶子

 タレントでエッセイストの小島慶子さんが「AERA」で連載する「幸複のススメ!」をお届けします。多くの原稿を抱え、夫と息子たちが住むオーストラリアと、仕事のある日本とを往復する小島さん。日々の暮らしの中から生まれる思いを綴ります。

【写真】15年ほど前に誂えた江戸小紋

*  *  *

 今年は、久々に着物を着る機会が何度かありました。先日も15年ほど前に作った江戸小紋に手を通し、あまりにも月日が経つのが早いことに呆然としてしまいました。これを作ったのは確か5、6年前だったようなと思うけれど、確かに15年以上経っているのです。着物は洋服のように毎年流行が変わるわけではないので、35歳で作ったものを51歳で着ても問題なく、よほど体形が大きく変わっていない限りはサイズも気にしなくていいので、洋服よりも値段は張りますが、長い目で見ればいいお買い物です。

 友人の披露宴や子どもたちの七五三など、着る機会が多かった30代。でも40代はそうしたイベントが減り、さらには子どもたちと夫がオーストラリアに引っ越したので私は日豪の往復で忙しく、いつしか着物は箪笥(たんす)に眠ったままに。以前は自分で着られたのに、もはやそれすら記憶が怪しくなっていました。これを機に着付けをおさらいし、気軽に着物で出かけようと衣装箱を整理したら、全く記憶にない真新しい紬が出てきました。多分最後に誂(あつら)えたものですが、一度も着ていません。きっと普段使いのお洒落着として誂えて、結局はそんな優雅な時間を持てないまま時が経ってしまったのでしょう。柔らかな明るい色合いの生地を前に、40代の自分に対して心からの労いの言葉をかけてやりたくなりました。

15年ほど前に誂えた江戸小紋。何十年も大切に着られるのが着物のいいところ(写真:本人提供)

 51歳の江戸小紋の着姿は、30代の頃よりも意外とこなれた雰囲気です。長いブランクを経た今の方が、不思議と肩の力が抜けています。25歳で初めて自分で着物を誂えたときに、着物の世界には「早く年齢を重ねてこれを着こなしたい」と思うような憧れの品がたくさんあることを知りました。今は20~30代の頃にコツコツと増やした数枚の着物との再会を喜び、重ねた年月を愛おしく、誇らしく感じています。

AERA 2023年12月11日号

著者プロフィールを見る
小島慶子

小島慶子

小島慶子(こじま・けいこ)/エッセイスト。1972年生まれ。東京大学大学院情報学環客員研究員。近著に『幸せな結婚』(新潮社)。共著『足をどかしてくれませんか。』が発売中

小島慶子の記事一覧はこちら