「いちばん印象に残っているのは、中井さんに勝てた一局ですね。ソムリエの資格を取ったとき。一時期大阪に住んでたとき。2008年にがんで入院・手術したとき。これまで何度か本当に『もう辞めよう』と思って。でも、女流名人戦で関西の予選枠が厳しくて『絶対無理』って思ってたときに、リーグ入りできたり。『辞めよう』と思うと、将棋の神様はなぜか辞めさせてくれない。賽(さい)を振らないなんてもんじゃないですよ。降級点は一回も取らずに、いまに至ってます」
35年もの歳月が流れ、船戸より後輩の女流棋士は80人ほど生まれた。現在は里見香奈と西山朋佳(ともに女流四冠)を筆頭に、層の厚さは史上空前のレベルに達している。
「女流三段に昇段したとき、父から『おめでとう』の言葉はありませんでした。タイトルは一つも取れなかったから。でもいまは『辞めなくてよかったな』と思ってます。ここ数年で里見さん、西山さんと対局する機会があって。全然勝負にならない自分が歯がゆかったりするんだけど、それは自分の責任。スターと指せてキャーって思ってます。すごくうれしい」
(構成/ライター・松本博文)
※AERA 2023年11月13日号