下北沢駅付近から世田谷代田駅側を見た下北線路街。一目見て緑が多い。植栽の管理は下北沢を愛する約200人が参加するシモキタ園藝部が担っている(撮影/写真映像部・佐藤創紀)

住民対話200回以上

 区は反対派との対話に消極的だったが、11年に下平さんらが推した保坂展人区長が誕生すると機運が変わる。14年に区が住民から再開発についての意見を聞く「北沢デザイン会議」、16年には住民主体で街の魅力を高める取り組みを探る「北沢PR戦略会議」が始まった。小田急側と住民との対話も200回以上に及んだという。

 通り一遍ではない、シモキタらしさを存分に盛り込んだ開発計画として生まれたのが下北線路街だったのだ。下平さんはこう振り返る。

「私たちは『反対のための反対』をしていたのではなく、シモキタらしさをなくす開発を受け入れられなかった。街をよくしたいという思いでした。小田急や区も思いを汲んでくれ、ガッチリと手を組んで新たな街づくりに臨むことができました」

 下北線路街には、住民参加・地域主導の証しが随所にみられる。歩いてまず印象的なのが植栽だ。一目見て緑が多い。下北沢駅近くから世田谷代田駅側を見ると、まるで緑が連なっているかのようですらある。今はまだ若木が多いが、年がたつごとにその姿を変えていきそうだ。

「緑いっぱいの線路街」を生んだのは住民の声だった。住民主導で街づくりを議論する北沢PR戦略会議内には「シモキタ緑部会」が設置され、植栽を増やして緑の街にしたいと話し合ってきた。線路街の緑に関するグランドデザインを担当したフォルクの三島由樹さんは言う。

「線路街は計画段階から、緑をいっぱいにしたいという住民たちの意向がありました。そのうえで全体構想を練る際に考えたのは『現代の雑木林』を都市につくること。ショーウィンドーのような触れない緑ではなく、生活に密着する、使える緑を増やそうと考えたんです」

 レモンや栗、いちじくなど公共緑地の植栽としては珍しい果樹も植えているという。

 そして、この線路街の植栽管理を担うのは緑部会から発展して設立されたシモキタ園藝部だ。「街の緑と人々が関わり合う仕組み」として三島さんらが19年に企画し、準備を進めた。部員は下北沢内外から参加する約200人。上は80代から下は幼稚園児までいるという。小田急から植栽管理事業を受託し、維持・管理にあたっている。三島さん自身もいま、代表理事のひとりを務めている。

空間をゆったり使い、憩える場が多いのも線路街の特徴。街の魅力を高めることが住民にも企業にも最大幸福・最大利益につながるとの考えだ(撮影/写真映像部・佐藤創紀)

街の緑に愛着と責任

「下北沢には街づくりを行政に任せるのではなく、主体的に協働する人たちがたくさんいたからこそ、『緑を自治する』仕組みを立ち上げられたのだと思います。メンバーのほとんどは『園芸のプロ』ではありません。でも、自分たちの街の緑に愛着と責任を持って楽しく管理することで、伸び伸びと植物を育てられていると感じています」

(編集部・川口穣)

AERA 2023年11月13日号より抜粋

著者プロフィールを見る
川口穣

川口穣

ノンフィクションライター、AERA記者。著書『防災アプリ特務機関NERV 最強の災害情報インフラをつくったホワイトハッカーの10年』(平凡社)で第21回新潮ドキュメント賞候補。宮城県石巻市の災害公営住宅向け無料情報紙「石巻復興きずな新聞」副編集長も務める。

川口穣の記事一覧はこちら
暮らしとモノ班 for promotion
【フジロック独占中継も話題】Amazonプライム会員向け動画配信サービス「Prime Video」はどれくらい配信作品が充実している?最新ランキングでチェックしてみよう