「いつも途中で教室を飛び出してしまう子ですけど、今日はちゃんと座って、学校の話をしてくれました」
「この子の親はいま仕事をなくして、しんどい状況みたいです。学校でも遅刻や欠席が増えているようなので、気にかけておいてください」
報告の内容は、学習のことから生活のことまで幅広い。
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そんな火曜の夜を数百回、私は一人のボランティアとして過ごしてきた。そして、たくさんの子どもの隣に座った。
「隣に座る」ことは、教室が大切にする「子どもとの向き合い方」を象徴しているように思う。
隣に座って勉強をみていると、子どもはわからない問題がある時だけ、教科書から目を上げて、何かヒントを出すよう促してくる。あるいは、勉強の合間におしゃべりをしたくなったら、こちらを向いて勝手に話し出す。
子どもにとっての「必要」が、いつも先にある。
だから、子どもから全く必要としてもらえない日もある。自分一人で宿題をやれる子、気軽におしゃべりをするほど私には心を開いていない子、学校や家で嫌なことがあってふさぎ込んでいる子。彼らはボランティアの方を見向きもしない。
そんな時はただ、隣に座る。何もせずにただ座って、隣に居ることだけを伝える。そして子どもがこちらを必要とする瞬間を、ただ待つ。