
高橋政代さんといえば、世界で初めてiPS細胞を使った目の難病手術のチームを主導した眼科医として知られる。だが、それは彼女の一面に過ぎない。目の病気は、軽症から重症まで多様だ。そのすべての患者のありとあらゆるニーズに応えること。それを「出口」と見据えて、京都大学から兵庫県神戸市の理化学研究所(理研)に移り、さらに理研を飛び出して会社社長になった。世界初の手術は2014年。そのころついた「ブルドーザーに乗ったサッチャー」というあだ名を結構気に入っているという。若い方のために説明すると、サッチャーとは「鉄の女」と呼ばれた英国第71代首相である。(聞き手・構成/科学ジャーナリスト・高橋真理子)
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――自動運転の研究にも取り組んでおられると聞きました。
あ、それは今まであまりしゃべったことがないですね。我々は神戸アイセンターを2017年に開設しました。治療にとどまらず、生活を助けるデバイスの紹介や訓練まで、トータルに患者さんをサポートする目の総合センターです。私は京大時代から、眼科だけの病院と患者ケアと、研究そして会社、という4つが一体となった「目のセンター」をつくりたいという構想を持っていた。神戸市が支援してくださってようやく実現しました。
いま、デバイスがすごく発達して、見えない人がiPadなんか自由に使っている。もう、普通の人より見えない人のほうがITリテラシーが高いんですよ。だから、デバイスで解決できることはそうしたらいいと考えてきた。
自動運転に興味を持ったのは、経済産業省の審議会に入れてもらっていろんな技術の話を聞いてからです。自動車業界の人たちが盛んに「自動運転の技術はすごく進んでいますよ」と言うんで、「じゃあ、視覚障害者が乗れますね」って返したら、「危ない危ない、そんなん無理」って言うんですよ。それが、iPSのときと同じだった。
「危ない」とみんなが止めに
――iPSについて念のために説明すると、山中伸弥先生が開発したさまざまな細胞に変化できる細胞のことで、たとえば目にある「網膜色素上皮細胞」や「視細胞」を作ることができる。こうやって作った細胞を移植して、失った視力を取り戻そうというのが、高橋政代先生たちが取り組んでおられる再生医療です。
はい、iPS細胞は素晴らしい、すごい細胞だとみんなが言っているとき、「ならば私たちが治療に使います」と言ったら、「危ない危ない」でみんなが止めにきた。我々の1例目の手術は、世界で危ないと言われているものを「こう使ったら安全なんです」と示したものです。手術から7年以上たっても腫瘍化せず、視力を維持できていることを今年の学会で神戸アイセンター病院の院長が発表しました。