高橋政代さん(62)

 理研は本当に素晴らしかったんですよ。研究者のサンクチュアリ(聖域)だった。私のラボには50人ぐらい研究者がいたんですけど、世界最高レベルのすごいチームができました。ところが、雇い止め問題の懸念があって、私が残ってほしいと言っても、理研が許さない可能性がある。それが何年か後に来ることがわかっていたので、受け皿として会社をつくったという側面も大きい。実際、理研の私のラボにいたメンバーの大部分がビジョンケアに移籍してくれました。

 ビジョンケア設立のもう一つの大きな理由は、私たちが開発した特許を使うためです。治験が想定通りに始められなかったので、理研在籍中に「契約書にある知財返還の協議をしてほしい」と2年間言い続けたんですが、応じてもらえなかった。これは私が理研の外から言うしかないと思った。そもそも研究者にはライセンスを使う権利はなくて、事業をする人しか相手にしてもらえない。

――ああ、だから事業をする主体として会社をつくったんですね。

 弁護士さんに相談すると、特許法には「公共の利益のための通常実施権」を求める裁判のような手続きが定められているというんです。経産相に請求を出して、判決の代わりに「裁定」が出る。誰も使ったことがなくて「伝家の宝刀」と言われていたらしいんですが、2年前にその請求を出しました。正当な対価を払うから、医療改革などを含めた「公益」のために特許を使わせてくれと。

 裁定の結論はまだ出ないんですが、最近、産学連携の知財ガイドラインというのが出て(「大学知財ガバナンスガイドライン」内閣府・文部科学省・経済産業省、2023年3月29日)、そこでは特許が死蔵されそうになったら大学が取り返せるような契約にしておきましょうねって書いてある。これを見て、私が裁定を求めた意義は少しはあったと思いました。 

【お知らせ】11月11日(土)、オンラインセミナー「研究者に聞く仕事と人生-アエラドットの連載から学ぶ」が東京理科大理数教育センター主催で開催されます。             

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高橋真理子

高橋真理子

高橋真理子(たかはし・まりこ)/ジャーナリスト、元朝日新聞科学コーディネータ―。1956年生まれ。東京大学理学部物理学科卒。40年余勤めた朝日新聞ではほぼ一貫して科学技術や医療の報道に関わった。著書に『重力波発見! 新しい天文学の扉を開く黄金のカギ』(新潮選書)など

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