「あ、ちょっと待って。奥田さん、一句詠んで」
夏井:そう来たか!(笑)
奥田:「はぁ?」ですよ、こっちは。
「俳句を一句詠んで。それを詠まなければ、今晩のご馳走はナシ」
「い、今ですか?」
「そう今。タクシーに乗るまでの間。そこの門で待っているから、それまでに詠んでね」
「え……」
夏井:寂聴さんでしか書けない筋書きだ(笑)。
奥田:門まで三十メートルくらいで、何か特別なことなんて起きようもない。途方にくれていたその瞬間、「ホーホケキョ」と鶯の鳴き声が聞こえてきた。見渡せば、周囲には竹の生け垣、その向こうには林の借景。どうやらそこから聞こえてくる。その瞬間、「救われた!」と。
「こっちよ、お乗りなさい、早く」と寂聴さんに声をかけられ、ダダダッと駆けていくとひと言確認のお言葉、
「できたの?」
「はい、できました」
「なら、お乗りなさい」
何とか無事にタクシーが発車しました。
夏井:寂聴さんは、その潔さを見たかったのかもね。
奥田:車が走り始めたら、今度は「ねえ、あなた、名前なんておっしゃるの?」って。
夏井:さんざん対談した後なのに?
奥田:ええ、さすがに「何を今更……」と内心思いながら、「奥田ですけど……」と応えたら、「違う違う、それは本名じゃないでしょ。俳優さんの時の名前でしょう。私が聞いているのは、本名」と。思わず、背筋が伸びちゃった。
夏井:そうか。芸名ではない、本名を知りたかったんだ。