奥田:「安藤豊明と申します」と答えたら、「あ、そう、ふーん」と黙り込んでしまわれた。いったい何なんだ? と首を傾げていたら、三度目の問いが飛んできた。

「で、できた句はどんな句? 言いなさい」

夏井:私もそれが聞きたい。

奥田:今でもちゃんと、覚えていますよ。

鶯の鳴けるやさしさ我に無し

夏井:ほうほう。

奥田:あ……寂聴さんの反応もそんな感じだった(笑)。「あ、そう。あ、そう」と、またもや黙ってしまわれた。その三十秒後くらいかな、再び振り返って仰った。

「あなた、俳句をおやりなさい。これまで俳句を詠んだことはあるの?」

「ありません、小学校で習ったぐらいです」

「あら、そう。今日から詠みなさい、俳句をね」と。

夏井:それが出発点なんだ。とってもいい話。

奥田:実は続きがあって……、「あなた、豊かに明るい『豊明』という名前なのよね。じゃあ、俳号を差し上げます」。

夏井:うわっ、俳号いただいたんだ。

奥田:それが「寂明」という俳号です。寂しくて、明るい。

夏井:へえ。「寂」が付いているということは、ご自分の弟子と認めてくださったわけだ。すごい。

奥田:そんな立派な俳号を頂戴しながら、忙しさにかまけて、しかも生来がチャランポランな性格なので、それにふさわしい俳句詠みに成長していない……というのが今の状態です。

夏井:奥田さんが俳句を詠む時は、寂明さんなの?

奥田:深い号を頂いたな、と今でもドキッとします。「寂しい」も「明るい」も、どちらも自分の奥底を言い表しているから。

 でも、いまだにこの俳号を記すことを自分には許していなくて。俳句は自己流に好き勝手に詠んでますけど……。

夏井:ためらっているの?

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