「環軸椎亜脱臼(かんじくつい・あだっきゅう)に伴う脊髄症・脊柱管狭窄症」であるということがわかり、長らく入院生活を送っていた天龍さん。6月22日に退院し、すぐにイベント出演など、精力的に活動を再開。8月23日に亡くなったことが明らかになったテリー・ファンクさん(享年79)にまつわる思い出を語ってもらいました。
* * *
テリーが亡くなってしまったことに関しては、信じられないの一言だ。あんなに天真爛漫なテリーが、あの世に行ってしまうなんて……。
俺がプロレスに転向したのも、テリー対ジャンボ鶴田のNWAタイトルマッチを観て、「プロレスって面白いな」と思ったのが大きな要因だった。それだけ、テリーは俺のプロレス人生に大きな影響を与えた人だ。最後に会ったのは俺の引退試合で、まさかアメリカから来てくれるとは思っていなくて、本当に嬉しかったよ。
テリーとの出会いは1976年のアマリロ。プロレスに転向してすぐに、ドリー・ファンクにプロレスのイロハを教えてもらっていた頃、たまたまディック・スレイターと一緒に試合会場に顔を出したテリーにコーチをしてもらったのが最初だ。
コーチと言っても、技の入り方とか、本当に基本的なことだけで、トータルで2時間もなかったと思う。当時のテリーはNWAチャンピオンで忙しくて、アマリロにもほとんどいなかった。チャチャっと教えてもらった後は、ジャンボと一緒にテリーの試合を観て、テクニックや試合運びを見様見真似で覚えたもんだ。