■五輪直前にエースが怪我、5アウトに戦術を変更

女子バスケの銀メダルは海外でも話題に。ESPNの名物コメンテーター、ザック・ロウに「日本女子バスケはNBAのウォリアーズとロケッツから生まれた子どものようだ」と称され、最高の褒め言葉と捉えた(撮影/大野洋介)

 覚醒した女子代表は17年、19年のアジアカップを連覇。ところが五輪直前になって暗雲が立ち込めた。エースの渡嘉敷来夢が膝の十字靱帯を損傷、主力選手の怪我も相次ぐ。これまで渡嘉敷を中心にした戦術を組み立てていただけに、チームのレベルダウンが心配された。しかしホーバスは揺るがなかった。「ないものねだりしてもしょうがない。今の戦力で最善を尽くす」と戦術を変更。

 全員がアウトサイドプレーヤーとして攻める5アウトを選択。この戦術を成功させるためには全員が3P(スリーポイント)シュートを決める必要がある。そして攻撃のフォーメーションの種類を200近くに増やした。これまで数十ピースで埋めていたジグソーパズルをいきなり200ピースに替えたようなもの。だが指揮官は、彼女たちなら短期間でもマスターできると信じた。

「女子はそれまで90年代の力に頼るバスケをしていた。でも、日本人は細かいことが得意なはず。トヨタにいた時、ドアの音やハンドルの握り具合など、こんなに細部に拘るのかと驚いたことがある。でも、スポーツになぜその緻密さを生かさないのか不思議だった」

 攻守でフォーメーションの指示を出すのはPG(ポイントガード)。多彩な指示とアシストで攻撃陣に3ポイントを量産させたPGの町田瑠唯(28=富士通レッドウェーブ)は、準決勝のフランス戦で18アシストの五輪新記録を樹立し、五輪ベスト5にも選ばれた。町田が五輪記録を作った理由を語る。

「20分で交代したナイジェリア戦での15アシストは、五輪タイでした。それを知ったトムさんが、もっとコートに立たせたら新記録を作れたかも、って本当に申し訳なさそうに謝るんです。だからトムさんにそんな思いをさせちゃいけないと、フランス戦で頑張りました」

 深い信頼関係で結ばれ、一分の隙も無く結束した監督と選手の旅路の終わりは、銀色に輝く世界だった。

 今季から男子代表の指揮を執るホーバスには大きな困難が待ち受ける。Bリーグのリーグ戦が長く、代表の合宿がなかなか組めない上、八村塁や渡辺雄太などのNBA組は大きな大会の直前にならなければ招集が難しい。加えて、女性ならホーバスの厳しい指導に耐えられても男子は厳しいと指摘する人もいる。

 そんな声は当然、ホーバスに届いている。しかしホーバスは動じない。

「バスケはバスケだし、コーチングとは人間との関係性を築いていくことで、女子と変わらない」

 ただ目標はまだ口にできないという。

「うちのチームの旅はまだ始まったばかり。もう少し我慢してください」

 ホーバスは男子をパリまで導けるのか。2月末、W杯アジア地区予選大会1次予選の台湾戦とオーストラリア戦が沖縄で行われる。(文中敬称略)(文/ジャーナリスト・吉井妙子)

※AERA2022年2月28日号

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