ご存じの通り、アイゼンハワー大統領が1961年の退任時に批判したように、アメリカには「軍産複合体」という巨大な利権団体があって、政府の国防政策に深く関与しています。しばしばホワイトハウスのめざす方向と軍産複合体のめざす方向の間には「ずれ」があります。軍産複合体としては、世界のどこかに軍事的な緊張があって、中強度の戦争が絶えず行なわれていることが、自分たちの存在理由を確かなものとするためにも、兵器産業の売り上げを確保するためにも望ましい。
軍産複合体はつねに軍事的緊張を望みます。世界が平和になってしまったら、軍隊には存在理由がなくなるし、兵器産業はマーケットがなくなってしまう。そうは言っても、アメリカが直接戦争の当事国になる事態は避けたい。よその国で、よその国民が殺し合う戦争が軍産複合体としては最も望ましい。
しかし、西太平洋で、今この軍産複合体の伝統的な考え方に従ってふるまうことは、リスクが高すぎます。中国との直接戦争が始まるリスクが高まりますから。だから、軍産複合体にとりすがっても、「それだけはやめてくれ」というのがホワイトハウスの本音でしょう。
とりあえず、米軍が偶発的な戦争に巻き込まれないためには、韓国と日本には「もう米軍基地がない」という状態が望ましい。これを実現するためには、現地軍の高度化が必要となる。米軍がいなくなっても、日韓は米軍がいるのと同じくらいの防衛力がある国になって欲しい。アメリカがさかんに日本に「兵器を買え」「基地を作れ」と言ってきているのは、そのためだと思います。
在日米軍は何があっても日本にある米軍基地利権を保持し続けたい。兵器産業は日本政府が兵器を山ほど買ってくれるなら別に在日米軍基地なんかなくても構わないと思っている。ホワイトハウスはグアム・テニアンの線まで米軍を下げたがっている。つまり、日本国内に大型固定基地を維持したいと願っているのは在日米軍だけということです。
でも、その在日米軍が日米合同委員会を通じて「米軍の意思」をあたかも「アメリカの国家意思」であるかのように日本政府に吹き込んでいる。だから、日本政府はアメリカがいったい自分たちに何をさせようとしているのかがよくわからないでいる。アメリカの国家意思と在日米軍のローカルな利権が日本においては混同されている。
でも、本当に台湾有事であれ半島有事であれ、危機が切迫してきたらアメリカは厚木や三沢基地からそっと航空機を撤収し、横須賀基地からそっと戦艦を撤収し、在日米市民をそっと帰国させる……ということをすると思います。在留市民の保護という名目で大艦隊を組んで市民を運搬し、その護衛に戦闘機を飛ばして、そのままグアムかハワイまで下がってしまう。そして、日本政府はそのときになってもまだ何が起きているのかわからない……。
白井:確かに米国内のアクター間にも相当な利害の相違、矛盾がありますよね。一説によれば、アメリカやイギリスは、ロシアがウクライナに侵攻する以前に、ウクライナに軍事顧問団を送ってウクライナ軍のグレードアップを図っていたそうです。けれども、ロシア軍が攻め込んで来るや否や、彼らは逃げ出したそうです。つまり、事実上NATO加盟国としてウクライナを扱っておきながら、正規の加盟国ではないから、いざ事が起こったら見捨てて逃げ出した。実は、日本とアメリカの関係はこれに近い。安保条約はあるけれど、NATOのような集団的自衛権に基づく厳格な共同防衛義務をアメリカは負っていません。ですから、米軍基地を日本からなくせば、日本をウクライナと実に似た状況に置くことになりますね。だからこそ、日本の外交防衛関係者は、何が何でも米軍の駐留を続けて欲しいと願っているようにも見えます。