藤原章生(ふじわら・あきお)/1961年、福島県生まれ。北海道大学工学部卒。エンジニアを経て毎日新聞社に入社。著書に『絵はがきにされた少年』(第3回開高健ノンフィクション賞受賞)、『ガルシア=マルケスに葬られた女』『ぶらっとヒマラヤ』『酔いどれクライマー 永田東一郎物語』など多数(撮影/写真映像部・上田泰世)

 AERAで連載中の「この人この本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。

『差別の教室』は南アフリカ(ヨハネスブルク)、メキシコ(メキシコシティ)、イタリア(ローマ)特派員として活躍した著者が、「差別」をテーマに大学生に講義した記録をまとめた。さまざまな体験と長期間の自問自答によって生み出された言葉の数々は、表面的な理解ではなく、思索のきっかけをもたらす。著者と共に、行きつ戻りつしながらじっくり読むのにふさわしい本。著者である藤原章生さんに同書にかける思いを聞いた。

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 毎日新聞社記者でノンフィクション作家でもある藤原章生さん(62)が「差別」についての本を書いた。海外生活約15年。ノンフィクションの賞も受賞した手練れの書き手が、中央大学法学部の学生向けに行った21回の講義を再構成したのが本書である。話し言葉でまとめられ読みやすいが、内容は相当の歯応えがある。

「僕はこれまで差別について書いたこともないし、避けてきた部分もありました。考えた末、最初は差別についての理論を教えようと思いましたが、横道に外れて私の実体験を話すと学生の食いつきが違うんです。受講生もどんどん増えていったので、これなら自分の体験を話した方がいいと考え、そちらを中心にしました。講義を受けて『いずれアフリカへ行きたい』というレポートを書いてくる学生や、大学を休んでアジアへ行ってしまった学生もいます」

 現場に出てたくさんの人に取材することが記者の仕事とはいえ、妻と子どもたちを連れてアフリカ、中央アメリカ、欧州の3大陸に勤務した藤原さんは相当の変わり種。さまざまな差別も見聞きしただろう。しかし本書では特派員時代の話にとどまらず、小学生時代に教員から理不尽な扱いを受けたこと、同級生から無視されたこと、目撃したこと、自分がやってしまったことなど、心に溜まっていたさまざまな澱をすくい上げ、遡って本質へと迫っていく。

「僕の場合ちょっとしたトラブルがあったり、嫌なことを言われたりしても、その場では言い返せないことが多かったんです。でもそれが実は心に重く残っているので、グジグジと自問自答するわけです。僕に嫌なことを言った『相手』が自分の中にいて、あれこれ彼と言い合いをするうちに『これはこういうことだったのか』と思い当たったりする。差別は単純な話ではありませんからすぐ結論は出さず、『あの時彼は自分を恐れていたのではないか?』などと推測するうち、だんだん見えてくるものがありますね」

 各章のテーマは「死にかけた人は差別をしないか」「アジア人の中にあるアジア人差別」「ジョージ・フロイド事件と奴隷貿易」「日本にアフリカ人差別はあるか」「名誉白人、属性に閉じ込められる不幸」「心に貼りついたものと差別と」と多彩であり、そのたびに丁寧な「遡り」が展開されることによって、読者も新たな視点を共有していく。

「僕は普段、自分が差別された体験はなかったことにしているようです。瀕死体験と似たようなものなのか(山男である藤原さんは3回死にかけたことがある)、心の中に封印してあって何かの時にふっと出てくる。一方で差別してしまった体験は取り返しのつかないはっきりとした記憶として残っていますね」

 最後の章では学生の質問にも答える。「差別を考える時、自分も差別をする人間であるという自覚が大切」という言葉に共感した。

(ライター・千葉望)

AERA 2023年8月14-21日合併号