ある印象的な光景が、山本の目には焼き付いているという。HOHに生活を破綻させられた被害者女性が勝訴判決を得ることになる裁判の、最終準備書面の作成過程。

「まるで鶴の恩返しみたいに、紀藤先生は部屋からずーっと出てこないんです。睡眠も削って、ものすごい勢いで書いていました。やがてできあがった書面を読んで、その被害者が泣いたんですよ。起きた出来事だけじゃなく、その時々の心の動きとか、影響を受けたことまで、ぜんぶ整理してある。ああ、先生たち、ここまで理解してくれたんだ。どんな結果になっても、もうこれだけで納得できる、って」

 HOHをめぐる一連の事件で、Toshlの代理人だった弁護士の河合弘之(79)にも、会って話を聞いた。

「僕にはできない仕事のやり方をするよね。普通の事件じゃない、精神的に支配して、どうだとか、ああだとか。僕にはとても面倒みられる話じゃないわけよ。でも紀藤さんは労を厭(いと)わずに、依頼者のためにやるんだ。わけのわからない奴と、ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃ交渉してさ。僕は基本的にビジネス弁護士です。能率と効果を重んじる。ぐちゃぐちゃした話はそもそも合わない。彼には感心したね。カルトから人を救うという闘いは、こういう人じゃないとできないと思った」

 河合はもともと、ダグラス・グラマン事件や平和相互銀行事件、イトマン事件など、数多の大型経済事件で悪玉側に立ち、「ゲームのような面白さ」「ものすごい報酬」を享受してきた弁護士だ。近年は、それだけではいけない、と原発再稼働の差し止め訴訟をはじめ、社会的弱者に寄り添う活動を幅広く展開(大久保真紀「現代の肖像」本誌2012年3月5日号など)。紀藤とは、静岡県の地銀スルガ銀行によるシェアハウス向け不正融資事件で、ともに被害者救済に汗をかき、史上最大規模の債権放棄を勝ち取った仲である。

 紀藤の事務所の一角に、警察大学校から贈られた感謝状が飾られている。貢献に対する謝意が綴(つづ)られていて──。長く講師として、カルト問題や消費者問題の本質を幹部警察官らに指導してきた。

 反共を掲げる旧統一教会、および癒着した政治家や一部メディアはしばしば、対立する紀藤や全国弁連に「アカ」「サヨク」のレッテルを貼りつけたがる。我々を敵視する連中は体制転覆を図っている、信用するな、というロジックへの誘導だ。

 だが当然のことながら、世の中はそれほど単純でも簡単でもない。紀藤も全国弁連の他の弁護士たちも、ためにする俗説などとは裏腹の、奥深い、絶えず思索を怠らず、呻吟(しんぎん)し続けている人々であるように、筆者には映る。

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