紀藤の危惧は的中し、この株主総会(引用者注・NTTの株価が大暴落を続けていた92年6月)から半月後の7月11日には、兵庫県でダイヤルQ2に端を発した殺人事件が発生している。

 若いのに(筆者も負けずに若かったが)激しく鋭い弁護士だなあと感じ入った記憶がある。紀藤とはその後も表現の自由に関わるテーマなどで取材する機会があり、年齢も近いせいか、絶えず意識させられる存在ではあったが、実はつい最近まで、出会いの経緯を失念していた。

 カルトの分野での活躍が、それだけ眩(まぶ)しかったためだろう。はたして彼は、当時の筆者は何も知らなかったが、すでに新人時代から、ライフワークとしての闘いを開始していた。

 弁護士登録から半年後、90年秋のこと。

「僕が家庭教師をして、東京の大学に入った子が、統一教会系のダミーサークルに誘われちゃったんですね。それで心配になったご両親が、僕に連絡してこられたんです。

 サークルの大会に出ると言うから、僕らも参加した。みんなが一斉に拍手し、一斉に立ち上がって、ものすごく盛り上がる。一種、異様でした」

 脱会を求めても、その思いはなかなか通じない。

「みんないい人だよって、言うんです。これは統一教会の教義から勉強しないと大変だ、相手のことを知らないと、と思った。全国弁連が集めた膨大な資料を読み漁(あさ)りました。統一教会の教理を解説した『原理講論』も。その上で説得して、やっと辞めてくれた。これが統一教会と関わるようになったきっかけであり、彼らのことをよく知ろうと努力した最初の時期でしたね」

 紀藤を突き動かしているのは、一介の庶民を操り、貪(むさぼ)っていく強大な力に対する怒りなのだと、筆者は感じる。NTTが相手でも同じだった。だからこそ共感できるのだ。

部屋からずっと出ない 書面を読み被害者は泣いた

 紀藤という人物を、近しい人々はどう見ているのか。

「テレビによく出ていらしたから、お会いする前は、タレント弁護士的な人だったらどうしよう、と不安な気持ちもありました」

 翻訳家の山本ゆかりが打ち明ける。2004年に自己啓発セミナー「ホームオブハート(HOH)」の児童虐待を告発し、主催者のMASAYAこと倉渕透らとの間で、激しい法廷闘争を繰り広げた女性だ。

「会ってみたら違った。HOHにはX JAPANのToshlが関わっていたこともあって騒動になり、メディア対応しなければならなくなった時も、付き添ってくれないんです。自分の責任で、『話を誇張しない』『事実だけを言う』。この二つを守って発言すれば、必ずわかってもらえるって、その言葉だけを指針に闘い抜きました。

 厳しい面もある方です。私たち被害者は、しんどい思いをして、外からも批判されるので、優しい言葉をかけてほしいのに。でも、なんかね、先生の言葉はきついけど、突き放していない。だから最後まで紀藤弁護士を信頼して闘えたんです」

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