人生の大きな転換点に差し掛かったとき、私たちは自分自身を振り返り、自分が納得できる生き方を模索するが、最も身近なはずの自分が、どうもよく見えない。自分を振り返る余裕もなく職業生活を突っ走ってきた人ほど、そうした傾向がみられる。つかみどころのない自分を前に、心は路頭に迷う。人生3番目の迷いの時期に差し掛かるのだ。

生産性からの解放が輝きをもたらす

 高齢期における最も大きな特徴は、職業を失うことだとされる。その意味において、定年退職というのはきわめて大きい喪失体験と言わなければならない。それで落ち込み、鬱っぽくなる人もいる。だが、このことをもっと前向きにとらえると、生産性からの解放ということになる。利潤追求といった世俗的な目標のために働く産業用ロボットのような生き方から解放されるのである。

 そこで求められるのが価値観の転換である。

 夏目漱石の描く高等遊民のように、世俗的な労働を免れて好きなことをして暮らすことは、特別な資産家の家庭に生まれない限り許されないものである。ところが、定年退職の日まで一生懸命に働いてきたご褒美であるかのように、そのような立場が手に入るのである。

 落ち込んでいる場合ではない。もっとワクワクしてこの先の人生に期待すべきではないのか。

 稼ぐために仕事をする場合は、稼ぎにつながることをするしかない。だが、目的追求の手段として何かをするのではなく、やること自体を楽しめばいいとなれば、何をするのも自由である。プロセスそのものを楽しめばいいのだ。

 いわば子ども時代の遊びと同じ感覚で、何にでも取り組むことができるのである。趣味を楽しむのもいいし、仕事をするにしても、稼ぎにこだわらずにやりたい仕事を選ぶことができる。

 そう考えれば、生産性からの解放は、自分らしい人生に軌道修正するための大きなチャンスと言えないだろうか。退職後の時期を第2の青春期とみなすのも、社会に出て以来ずっと縛られてきた生産性追求の原理から自由になるからと言える。

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