これは富士山に限ったことではないが、山小屋は単なる宿泊施設ではなく、遭難救助の初動を担ってきた。街なかと違い、遭難者が救助を要請しても県警の山岳救助隊などが現場に駆けつけるには、ある程度の時間がかかるからだ。「登山者が歩けなくなった」という山小屋からの通報で救助されるケースも珍しくない。
富士山で救助を要請しても救難ヘリが飛来することは少ない。国内の山のなかでは富士山の標高は圧倒的に高く、空気の密度が低い(特に気温の高い夏場)。そのため、救難ヘリが現場上空でとどまることは難しく、人力による救助が基本となる。
■夏の山岳遭難が2番目に多い静岡県
昨年の夏山(7~8月)で発生した遭難は全国で668件。県別で見ると、日本アルプスをいだく長野県での遭難が最も多く、100件。それに続くのが静岡県の55件で、その大半は富士山で発生した遭難である。
静岡県内の山岳遭難は、新型コロナの影響で富士山の登山道が閉鎖された2020年は34件だったが、規制が緩和された21年は72件、22年は124件と、急増している。
22年の遭難者数は139人。そのうち59人(約42%)は富士山での遭難である。その内訳は疲労22人、病気・その他17人、滑落・転倒等13人、道迷い7人。
「昨年の富士山の遭難で最も多かったのは『疲労』です。要は、疲れて動けなくなり、自力での下山が不能になってしまう。動けなくなるので、体がどんどん冷えてしまい、低体温症を発症するケースもあります」と、静岡県警で山岳遭難対策を統括する地域課の山内孝之課長補佐は説明する。
「例えば、御殿場ルートの8合目付近で動けなくなった70代女性を他の登山者が発見して通報しました。風雨が強く、低体温症も発症していました。疲労すれば、足がおぼつかなくなりますから、それで転倒してけがをした、というケースもあります」
昨年の夏富士における疲労遭難は全て下山中に発生している。つまり、登るのに体力を使い切ってしまい、下山できなくなってしまう。
「登山は山頂がゴールではありません。下山口に無事到着することがゴールです。疲労の原因は体力不足ですが、定期的に休息を設けた余裕のある登山計画を立ててほしい。そうすれば下山時の疲労遭難を防ぎやすくなります」(山内課長補佐)